大島監督の「優しさ」と「厳しさ」

2013年01月18日 11時00分

 着替えのため会場を出た夢野は、トイレから帰ってくる大島監督とすれ違ったときに「頑張れよ」と声をかけられ、大感激したという。

 授賞式終了後の写真撮影ではオッパイ全開の夢野の横で、笑顔を見せてくれた大島監督だったが、式が終わっても、なぜか席を立とうとしなかった。お付きの者が「たけしさんが来てあいさつするまでは席を立たない、と大島が言ってまして…」と、すまなそうに本紙記者に耳打ち。この空気を察したたけしは、サッと歩み寄り、グラスにビールを注ぎしばし歓談。その様子はまるで親子のようだった。

☆おおしま・なぎさ=1932年3月31日生まれ。京都市出身。京大卒業後の54年、松竹に入社。「青春残酷物語」(60年)の鮮烈な映像が注目され、松竹伝統の人情もの路線に反旗を翻す先鋭的なスタイルは、篠田正浩、吉田喜重の両監督らとともに「松竹ヌーベルバーグ」と称された。60年の「日本の夜と霧」の上映中止を機に松竹を退社。この年、自身の作品にも出演した小山明子と結婚。その後も「絞死刑」「少年」「儀式」などの問題作を世に問うた。76年、大胆な性描写で話題を呼んだ日仏合作「愛のコリーダ」を発表、78年「愛の亡霊」でカンヌ国際映画祭監督賞を受賞。83年にはビートたけし出演の日英合作「戦場のメリークリスマス」がヒット。紫綬褒章、フランス芸術文化勲章「オフィシエ」を受章。