「ノーベル文学賞」カズオ・イシグロ氏受賞の衝撃 出版関係者てんてこ舞い

2017年10月06日 16時30分

ロンドンの自宅で記者会見したカズオ・イシグロ氏(ロイター)

 ダークホースの受賞に日本の出版社、書店など関係者がパニックに陥った。スウェーデン・アカデミーは5日、2017年のノーベル文学賞を、長崎市生まれの英国人小説家カズオ・イシグロ氏(62)に授与すると発表した。代表作「日の名残り」やTBSでドラマ化された「わたしを離さないで」などで知られる。日本出身の作家としては1968年の川端康成、94年の大江健三郎氏(82)に次ぎ3人目、23年ぶりの受賞。ブックメーカーの予想にもなかった伏兵の受賞に日本の関係者はてんてこ舞いとなった。

 ロンドンの自宅の庭で5日、記者会見したイシグロ氏は「信じられない出来事だ。予想していなかった」と第一声。「私は英国育ちではあるが、私のものの見方、世界観、芸術的な感性には日本が影響している。親は日本人で、親は家で日本語を話していた。私の一部はいつも日本人だと思っていた」と語った。

 1954年、長崎市で日本人の両親の間に生まれた。海洋学者だった父の仕事の関係で5歳で渡英、80年代前半に英国籍を取得。英語で執筆し、人間の意思疎通の難しさや記憶の不確かさをテーマとした作品は、情景描写の巧みさなどで高い評価を受けている。

 この“サプライズ”に、遠く離れた日本で出版業界がてんてこ舞いとなった。東京・新宿の書店「紀伊国屋新宿本店」には発表直後、同氏の作品は和書・洋書合わせてわずか30冊しかなかった。新宿通りに面した1階入り口に大々的に展開されることもなく、2階特設の「ノーベル文学賞」コーナーの棚に置かれた。

 棚のほとんどは大手ブックメーカー予想で2番人気もあった村上春樹氏(68)の著作で占められていた。発表後は平積みの村上作品をずらしてイシグロ作品を急きょ、並べた。

 男性店員は「見てもらった通り、この冊数ですからね。受賞は予測しておりませんでした」と頭をかいたが「すぐさま発注しました。看板も用意します。明日(6日)にはたくさんの方が求めに来られると思います」と対応に追われた。

 イシグロ氏の受賞は書店にとっては明るいニュースだ。

「日本でもすでに売れている作家さんですからね。正直、最有力候補だったケニアの作家グギ・ワ・ジオンゴさんが受賞するよりも、本は売れるでしょう」(店員)

 一方、発表の5分後、イシグロ氏の邦訳8作品(長編7作、短編集1作)を刊行する早川書房は電話が鳴りやまない状態に。担当編集の永野渓子さん(35)は「電話がジャンジャン鳴って…。うれしい悲鳴でございます」と興奮して話した。想定外の受賞は冷静な編集者も惑わせたようだ。

 永野さんはイシグロ氏のエピソードを聞かれても「もう頭が混乱してなかなか出てまいりません…」と申し訳なさそうに語るだけだった。

 それでも「人間性は素晴らしい」。イシグロ氏は「忘れられた巨人」邦訳版が発売された2015年に来日。講演会やサイン会を精力的にこなした。アテンドした永野さんは「非常に落ち着いていて、人の気持ちを思って行動してくださる英国紳士」と人柄を語った。

「観光や食べたいものへの要望も特になく、ストイックな姿勢」が目立ったという。関係者向けにサインを贈ってくれて「相手一人ひとりに、違うメッセージを書いてくださった。私には『来日中、お世話になりました』と。心遣いができる方」(永野さん)。

 紀伊国屋の別店舗でも15年にサイン会が開かれた。抽選で90人がゲットしたサイン本は今後は貴重なものになる。

「主に女性のファンが多かった。2時間以上のサイン会でしたが、お客さまとのツーショット撮影に応じてくれたりしていました」(別の店員)

 海外と日本で映像化された代表作「私を離さないで」の日本語版は、単行本と文庫本合わせ、約49万4000部売れているが、紀伊国屋の幹部は「私の希望を含めて、その倍は売れることが想定できる」と“ノーベル文学賞バブル”にそろばんをはじいていた。