ビッグダディ AVプロデュース&出演の真相直撃

2017年08月19日 11時00分

監修者として作品をプロデュースした林下清志

 実子と連れ子を含め20人の子供を育てたビッグダディこと林下清志(52)が“アダルトビデオデビュー”を果たしたことが明らかになった。主演だというから「ひょっとして男優?」と思いきや、脚本の素案を作った監修者として作品をプロデュース、自ら出演。本人を直撃すると…。

 ドキュメンタリー番組で人気になり、その後はプロレスラーやホストとしてデビューするなど、様々な“ぶっ飛びチャレンジ”を行ってきたダディは、本紙既報通り、昨年から沖縄に移住し、ジンギスカン店を開いている。そこに大手AVメーカー・KMプロデュースの制作担当者がふらりとやってきた。

「男女や性の話で盛り上がって意気投合したんです。こういう男だから今まで何度もオファーはあったんですが、『どうせエロおやじなんだからAVやれよ』といった感じで、こっちの意見はどうでもいいものばかりだった。その点、KMさんは俺の考えを反映させてくれる、と。これは面白そうだなと思ったんです」ときっかけを語ったダディ。

 バツ7で子だくさん…確かにアッチの方は強そうだが、監修者としていったい何を? その作品「教えてビッグダディ!林下清志のHow to SEX!」を入手し、本紙男セン面担当者とともに確認したところ、これがなかなか本格的。一般人からの悩みに答える形で前戯術や電マ(電動マッサージ器)の使用法、女優を膣中でイカせるコツをAV女優や男優に“指導”しているのだ。

「セックスには人それぞれ“戦い方”があるでしょうが、しっかりコミュニケーションをとって、まずは相手を喜ばせてあげないといけない。俺は若いころ、たくさんの人に頭を下げていろいろ経験させてもらった。そこで恥も外聞もなく(どうやれば気持ちいいのか)聞いたんですよ、相手に。だから会得できたものも少なくないんです」

 また、柔道整復師の資格を持ち、接骨院やリラクセーション店で働いた経験があるのも大きい。

「人の体をいじる仕事をしてきましたからね。昔から仕組みには興味があったんですよ」

 どこをどうやって攻めればいいか把握しているのだろう、Gスポットの場所など、作品でも実際に黒板を使って女体について解説している。百戦錬磨の女優陣が「勉強になった」と口を揃えたように、どうやら“ガチ”。シャレでAVに出演したわけではなさそうだ。

「ええ、本気も本気、真面目にやりました。日本人ってチ○コとマ○コの話をニタニタしながら話すでしょ? エロいもの、恥ずかしいものとして扱っているんですよ。でも、俺はそうじゃないと思う。セックスは正面切って、きちんと話すもの。非日常じゃない、日常なんです」

 とはいえ、子供たち的には、裸が出てくる作品に父親が出るのは大丈夫なのだろうか。

「ええ、許可も取りました。実は今年、俺が育てた8人がみんな社会に出たんです。こういうタイミングだからこそできたんじゃないかな。子育て中だったら無理ですよ」

 ちなみに本紙がこの春報じた、現在交際中の女性にもAVデビューは伝えたという。ただ、プロレスなどを経てここまでくるとちょっぴり“やりすぎ”な気もするが…。

「まあ、前妻たちはクスクス笑っているでしょうね(笑い)。あとはやっぱり『何やってんだよ』という声も当然、出てくると思う。でも、表舞台にこだわっているわけじゃないし、とにかく面白いことができたからいいんですよ。そんなことより俺を起用するなんて、メーカーさんこそ大丈夫なんですかね」

 いつものように豪快に笑い飛ばしたダディ。果たして今回のAV、ビッグなヒットになるか…。

【波瀾万丈の人生】ビッグダディは2006年から13年にかけて放送された人気番組「痛快!ビッグダディ」(テレビ朝日系)で、子だくさんの林下家での奮闘ぶりや当時の妻や元妻たちとの愛憎関係などが視聴者をひきつけ、有名人となった。

 番組終了間際の13年9月にはプロレスに参戦。波瀾万丈の人生はその後も続き、「コダカラー・清志」を名乗って芸能活動を始め、14年には情報番組「バイキング」(フジテレビ系)の火曜レギュラーを務めた。この年10月、整骨院を営んでいた岩手・盛岡の自宅が全焼。けが人はなかったが、自身は上京してクイックマッサージなど仕事を掛け持ちし、ホストの世界にも進出した。

 今年1月、7回目の離婚をしていたことをテレビ番組で告白。16年5月に結婚した女性とのスピード離婚だった。同年7月に沖縄・那覇に移住して10月に「ジンギスカンきよし」を開店。本紙は今年3月にそんなダディの近況を報じ、ダディは恋人の存在も明かしていた。