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故米長さん1000人斬り野望


 ダンディーさと奔放な言動で知られる日本将棋連盟会長の米長邦雄さんが18日朝、前立腺がんのため東京都新宿区内の病院で逝去した。69歳だった。棋士として、同会長として米長さんほど将棋界に多大な影響を与えた人はいないだろう。一方で、自由奔放に棋士人生を駆け抜け、問題児であり続けた米長さんのもう一つの野望は、“死ぬまでに1000人斬り”だった。

 

 米長さんは中学1年で佐瀬勇次名誉九段に入門。1963年に19歳でプロ入りし、73年に「棋聖」のタイトルを奪取。85年に通算5期となり「永世棋聖」の称号を獲得した。93年には史上最年長の49歳11か月で「名人」に。通算の獲得タイトルは19期で、2003年に現役を引退、05年から日本将棋連盟会長を務めていた。

 

 多くの名誉を手にした米長さんだが、品行方正という言葉は似合わない人物だった。

 

 昨年、始めたツイッターで「うんこなう。快心の作です。直径2センチで長さ80センチが1本にゅーっ。幸せです」と書き込んだのは有名な話。

 

 そして、何より女性が大好きだった。女流棋士や将棋専門誌ライターなど身近な女性から女優まで手広く交際していたという。

 

 弟弟子の西村一義氏は「とにかくモテた。女性が喜ぶことをよく研究していた。褒め上手で口説き上手。女性問題がありながらも奥さんにもサービスを欠かさずよく一緒に旅行に行っていた」と語る。

 

 ただ、あまりに「あなたは美しい」など所構わず口説きまくるので一時、将棋連盟の中でセクハラ問題に発展したこともあったという。

 

 米長さんといえば“悲願の1000人斬り”だ。出版関係者は「19歳で1000人斬りを決意し、毎日バー通いし、380人までは詳細に日記につけていたそう。その後は適当になったが、50歳の時の愛人に『キミが583人目の女だよ』と言ったのは、十数年前の雑誌で騒がれました。結局、750人くらいまではいったそうです。どっかのインタビューで、若いころに戻れたら何をしたいという質問に『もっと早く1000人斬りを始めればよかった』と答えてました」と語る。

 

 志半ばの65歳で前立腺がんに侵された。しかし、治療後は自らのブログで「セックスできました」と報告していた。

 

 また、ギャンブルも大好きだった。前出の西村氏は「将棋のほかにも囲碁、マージャン、ゴルフ、株、競馬と何でもやった。競輪で大負けしたときは『有り金全部すっちゃって、梅干しをつるしてそれを見てご飯食べたんだ』と言っていたね。奥さんはだいぶ我慢したでしょうね」と明かす。

 

 棋界から多くの追悼コメントが出ているが、人間性を褒めるものはあまり見当たらない。しかし、女とギャンブル好きな公私ともに華のある棋士で、30歳ごろから引退するまで常に人気はナンバーワンだったことは間違いない。

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