こうの史代氏の人気漫画を原作にしたアニメーション映画「この世界の片隅に」が11月12日から全国公開される。第2次世界大戦時の呉、広島を舞台に「日常の幸せ」を鮮やかに描き出した作品だが、主人公・北條すずの声を演じているのが女優のん(23=本名・能年玲奈)だ。なぜ、のんだったのか。片渕須直監督(56)に聞いた。

 ――のんさんをヒロイン・すずに選んだ理由は

 片渕監督:すずさんの性格はとんでもなくユーモラス。でも若い女優さんで自分がコメディエンヌであるという自覚を持っている人って、いないんですね。のんちゃんは「あまちゃん」の主人公を演じる中で、一生コメディーの道を歩むことになっても構わないと決めたと。そういう自覚を持ってる人はあまりいらっしゃらない。すずさんは穏やかな性格でもあるのでハマる気がした。僕らはキャラクターのイメージを作りつつ作画するのですが、僕は勝手にのんちゃんの声を当ててました。

 ――依頼する前からですか

 片渕監督:依頼する前からです。すずさんはこんな話し方です、というのを自分の中で決めないと、口を動かすタイミングがわからないし、絵も作れない。誰かの声を借りてやるといいんですが、僕はのんちゃんだったんです。でも、実はメーンスタッフも全員のんちゃんだった(笑い)。相談も示し合わせもしてないのに。

 ――プロの声優さんにはない良さがある

 片渕監督:のんちゃんは、よりナチュラルな部分があると思ったんですよ。その分、すずさんという人がよりドキュメンタリーチックにつかまえられるんじゃないかと。のんちゃんには台本を読むという仕事ではなくて、すずさんの生きている感じを全部出してほしいとお願いしました。そのために「ガンマイク」という超指向性マイクで口元を狙って、細かい息遣いやニュアンス、セリフがないところも全部拾って。僕らには彼女が演じれば、すずさんという存在がうそにならないという確信があった。本当に存在している人だと信じられるぐらい、存在感があった。

 ――アニメでは絵が声入れに間に合わないことがあるが、アフレコでは絵が全部出来上がっていたのですか

 片渕監督:残念ながらそうでもなかった(苦笑)。ただのんちゃんはセリフの細かいニュアンスにいたるまで、ものすごくたくさんのことを質問してきたんですよ。僕もすずさんを捉え直す機会になったんです。そのときに絵を描いていなければしめたもので(笑い)。考えていたものとちょっと違うかもしれないけど、こっちの方がずっとすずさんらしい、というのをどんどん取り込んでいった。出来上がっていた絵を描き変えるということすらやっています。特に最後の方はそうでした。

 ――2人ですずさんを作ったんですね

 片渕監督:声の部分はそうですね。彼女はフィットするって言っていたんですけど、いろんなものがフィットして、とうとう最後はすずさん本人になっちゃった。

――作画スタッフからは泣きが入ったのでは(笑い)

 片渕監督:だから作画監督の松原(秀典)はアフレコの現場に来ないで、スタジオで一生懸命描いたんです。それで全部撮り終わった音を聴いたときに、ひと言「パーフェクト!」って。すずさんとしては完璧だと。

 ――どんな人に見てもらいたい

 片渕監督:アニメーションが若い人向けだと思うと、実はこういう企画はあまり出てこない。テレビでアニメーションを放映したのは1963年。で、そのころに生まれた人たちは50代。ということは、もっといろんなことを語っていいのでは、と思ったんですね。広い世代の人たちに自分のものだと思って見ていただいていいと思うんです。でもこれはチャレンジ。実はすごい新機軸なことなんですよ。

【プロフィル】

★のん 1993年7月13日、兵庫県生まれ。23歳。本名・能年玲奈。2013年、NHK連続テレビ小説「あまちゃん」のヒロイン・天野アキ役を演じ、数々の賞を受賞。16年7月に本名から現在の芸名へと変更。本作がアニメーション映画初主演となる。

★かたぶち・すなお 1960年8月10日、大阪府生まれ。56歳。アニメーション監督・脚本家。「魔女の宅急便」(89年)で演出補を務め「名犬ラッシー」(96年)で監督デビュー。主な作品は「アリーデ姫」(01年)、「BLACK LAGOON」(06年)、「マイマイ新子と千年の魔法」(09年)など。