「はっぱふみふみ」「ボイン」独創的な流行語を生み出した巨泉さん

2016年07月21日 16時30分

朝丘雪路(左)のバストを「ボイン」と呼んで流行語にしたのも巨泉さんだった

【団塊記者の取材回顧録】亡くなった大橋巨泉(本名・大橋克巳=享年82)さんといえば、日本テレビ系の伝説の深夜番組「11PM」など、軽妙でウイットに富んだ司会で一世を風靡し、数々の流行語を生み出した。

「11PM」は1965年にスタートし、巨泉さんは66年4月から85年9月まで司会を務めた。日本テレビと、よみうりテレビ(現読売テレビ)が交互に制作し、よみうり制作は直木賞作家の藤本義一さんが司会。日テレは巨泉さん、愛川欽也さんらが司会で、マージャン、釣り、ゴルフ、ボウリング、競馬、ストリップなどのお色気から硬派な社会問題まで幅広く取り上げて人気があった。藤本さん、愛川さんも鬼籍に入っている。

 巨泉さんはアシスタントの朝丘雪路の豊満バストを「ボイン」と呼んで、これが流行語になった。今でいう「巨乳」は当時「ボイン」だった。また「野球は巨人、司会は巨泉」というキャッチフレーズもはやらせた。

「11PM」のほかにもクイズ番組の「クイズダービー」(TBS系)や「世界まるごとHOWマッチ」(同)などの司会を担当。軽妙洒脱にして流行を先取りする時代感覚とセンスは巨泉さんの真骨頂だった。

 69年に始まった故前田武彦さんと共演の「巨泉×前武ゲバゲバ90分!」(日本テレビ系)で流れた万年筆「パイロット・エリート」のCMも独創的で強烈な印象を残した。巨泉さんが万年筆を手に「みじかびの きゃぷりてぃとれば すぎちょびれ すぎかきすらの はっぱふみふみ」と言って「わかるかね? ブハハハ」と笑い飛ばす。前代未聞の奇抜なキャッチフレーズだったが「はっぱふみふみ」は流行語になった。

 72年の「パイプカット宣言」は衝撃的だった。巨泉さんは56年にジャズシンガーのマーサ三宅と結婚して2人の娘をもうけたが、64年9月に離婚。69年8月に14歳年下の当時のアイドル浅野順子(現大橋寿々子夫人)と再婚した。そうした中、72年1月、「11PM」の冒頭でパイプカットを宣言したのだった。このままだと地球の人口が増え続けて食糧難になるため「もう子孫はつくらないことにしました」ということだった。

「セミリタイア」という言葉も巨泉さんがはやらせた。90年3月、「56歳になったし身を引く。司会業は長くやるものではない」などと言って一部の番組を残してテレビ、ラジオのレギュラー番組から降板した。完全な引退ではなく「セミリタイア」としたのも巨泉流だった。トレードマークの黒縁メガネで世相を鋭く見つめて、独特の巨泉語録を発信し続け、昭和のテレビ界に大きな足跡を残した――。

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