名ジョッキー岡部幸雄氏が明かした故江戸家猫八さんとの意外な関係

2016年07月01日 16時30分

猫八さんとの思い出を語った岡部幸雄氏(右)

 進行性胃がんのため3月21日に66歳で亡くなった声帯模写の第一人者・四代目江戸家猫八さんのお別れの会が30日、東京・千代田区のホテルニューオータニで行われ、約550人が集まり、早すぎる死を惜しんだ。

 猫八さんは長年「江戸家小猫」を名乗ったが、2009年に父親の名跡でもあった江戸家猫八を襲名。弔辞を読んだ元衆議院議長・河野洋平氏(79)は「今日と同じ場所で、襲名披露を行った。『一日も早く猫八になれよ』と言ってきたから、とてもうれしかったが、それからわずかの間にお別れの会を迎えた…」と肩を落とした。さらに「どうしてそんなに急いだんだい? もっとゆっくり君の鳥の声を聞きたかった」と話した。

 また発起人には、シンボリルドルフで3歳クラシック3冠を達成するなど、名騎手として知られる岡部幸雄氏(67)も名を連ねた。JRAのトップジョッキーと声帯模写の第一人者は、実に50年以上の付き合いだという。

 岡部氏は「初めて会った時、まだお互い10代だった。その時、父親の猫八師匠を隣の助手席に乗せて、中山競馬場にフォルクスワーゲンを運転してきた。先代の猫八師匠は馬主で、何回も乗せてもらい何回も勝利させてもらった。もう家族ぐるみの付き合いでした」と明かした。プライベートでも親交は深かった。「40歳過ぎてから、スキーに誘われて教えてもらった。猫八さんは一家揃ってスキーがお上手で、手取り足取り教わった」

 岡部氏が騎手を引退してからは、バードウオッチングにも一緒に行っていたという。

 最後に猫八さんに会ったのは今年1月という岡部氏は「その時は、体調がよくないとのことで早退された。『ちょっと病院に行ってくる』と言ったのが、最後になってしまった。また一緒にスキーに行く計画もあったが、夢に終わった」と神妙に話していた。