清原の薬物使用はイライラ解消 売人公判で新事実

2016年06月15日 18時20分

清原和博

 プロ野球の清原和博元選手(48=有罪確定)に覚醒剤を譲り渡したとして、覚醒剤取締法違反(譲渡)に問われた群馬県の飲食店勤務・小林和之被告(45)の論告求刑公判が15日、東京地裁(室橋雅仁裁判長)で開かれた。

 

“番長のクスリの売人”だった小林被告は短髪にし、黒のスーツに白のワイシャツ、ダークグレーのネクタイ姿で出廷した。

 

 今回の公判の主なポイントは次の2点だ。

 

 まず、清原が知人男性A氏から暴力団の名を挙げて恐喝されて、“助け舟”を出した小林被告が清原の覚醒剤の売人になったという新事実。一連の事件の隠れたキーマンとしてA氏の名前は一部で浮上していたが、公の場で実名が出されたのは初めてだ。

 

 小林被告は2014年7月にA氏から清原を初めて紹介され、その時から覚醒剤を渡し始めたと証言した。知り合って2か月後の同年9月、清原が小林被告の群馬の自宅を訪問した際、同被告は「もう(譲渡は)できない」と断ったが、A氏とトラブルになったことを清原から聞かされたそうで「清原さんが覚醒剤とかお金でだまされたんです。A(法廷では実名)に」と証言。さらに、14年7~9月の間に「(清原が)恐喝されていた。暴力団を送り込まれると聞いた」と生々しく明かした。

 

 小林被告は清原の大ファンだったため、覚醒剤使用で逮捕されてはいけないと思い、清原とA氏を引き離し、自身が売人役を担うことで清原の薬物摂取量を少しずつ減らそうと考えたという。

 

 2つ目のポイントは、清原が覚醒剤の使用を重ねた理由についての新たな証言だ。

 

 清原とA氏がトラブルになり、小林被告が間に入ったことで、A氏との関係は希薄になったが、清原の覚醒剤への依存性は変わらなかった。清原は5月17日に開かれた自身の初公判で、薬物に手を出した理由について「心のすき間を埋めるように覚醒剤を使うようになった」と供述しているが、やはりこれは言い訳にしかならない。

 

 小林被告によれば、清原は周囲の関係者とたびたびモメてしまい、その直後に「機嫌が悪そうに電話がきた」そうで、「気分が悪い」と話し、覚醒剤を要求してきたという。つまり、清原は心のすき間ではなく、イライラを解消するために使用していたこともあったわけだ。小林被告は清原のファンだったが、図らずも清原が覚醒剤を使用した一端をバラした格好になった。

 

 結局、小林被告は清原の依頼を断り切れず、2人が逮捕されるまでに覚せい剤を10回ほど渡したという。

 

 また、小林被告は02年に覚醒剤取締法違反(使用)の前科があったが、12年に「Aが(覚醒剤を)持っていて勧められた」のをきっかけに、薬物売買ルートの一端を担うようになったことも明かされた。

 

 この日は証人尋問もあり、小林被告は先月21日から群馬の和食店で調理師として勤務していることも報告された。小林被告の元妻が出廷し、一度離婚したものの群馬で同居しており、元妻は籍について「戻します」と再婚する意向を口にした。

 

 検察側は小林被告について「刑事責任は重い」と断罪し、懲役3年を求刑。弁護側は執行猶予を求めた。

 

 判決期日は7月5日。