日本に大打撃を与えた東日本大震災から5年がたった。津波に襲われた地域を中心に今もなお各地に傷痕が残る中、メルトダウンに大量の放射性物質放出という大事故を起こした東京電力福島第1原発は今、どうなっているのか。2月に現地取材を行ったラジオDJで音楽雑誌「Rolling Stone日本版」シニアライターのジョー横溝氏(47)が、その現状を報告する。

 ジョー氏は「せっかく、ラジオや雑誌で世の中にものを伝える仕事をしているのだから、自分の目で見たことを伝えたい。知らないことは語れない」という思いから、震災後、被災地へ赴いてきた。そして先月、ついに福島第1原発を訪れた。

 福島第1原発では現在、2050年ごろの廃炉を目指し、東京電力の社員1200人、原発作業員6000人が働いている。

 原発に対して懐疑的な立場のジョー氏だが、生で見た現状については、次のように語る。

「思った以上に(放射)線量が低かったです。被ばくに関する管理もシステマチックに徹底的に行われているなと思いました。7000人の方の出入りに際しても、絶対に放射性物質を持ち出させないようにしているなと。そうした点はポジティブに捉えられました。また、2000人が収容できる大型休憩所で出される作業員の方の食事も、大熊町の給食センターから温かいご飯が運ばれてきて、メニューも5種類が毎日変わっている。廃炉に向けた環境は、ある程度整ってきているのかなと思います」

 現在、敷地内の約90%は防塵マスクと平服のみで移動が可能。原発建屋から約200メートル離れれば、線量計の数値は10マイクロシーベルト以下だったという。一般に追加被ばく線量とされる年1ミリシーベルトは、毎時0・23マイクロシーベルトになる。原発には当然、課題も山積だ。

「1号機、2号機、3号機には溶けた燃料棒がまだ落ちていて、どこにあるかも分かっていない。工程が一番進んでいる1号機でも、落ちている燃料棒を回収するための通路が確保できるかをロボットを入れて昨年確認し、その通路をもとに確実に燃料棒を回収するシステムを考えている段階。さらに、少しずつ周りの建屋も分解していかなければいけません。気の遠くなる話ですね。責任者の方は『やっと戦場から工事現場になった』と説明されていましたが、僕が20メートルの距離で見た原発はまだ戦場でした」

 建屋周辺に関しても、この5年で進展したのは陸側に飛んでいたガレキを撤去し、作業用の大型クレーンの設置場所を確保したことや、地下汚染水の海への流出を防ぐ遮水壁を設置したことなど。まだまだ準備段階だ。

「今後の作業中に地震や津波が来たらどうするのかという問題もあります。敷地内で最も線量が高いのは、1号機と2号機の西側にある排水棟の下で、数値は致死量の3倍以上とされていますが、その排水棟には薄いひびが入っているそうです」

 取材後、音楽番組のDJを務めるジョー氏にはリスナーから「今聞きたい音楽は」との質問が届いた。だが、ジョー氏は「その質問を受ける瞬間まで、音楽に関することは完全に忘れていた」と振り返る。

「まず現場には、休憩所も含めて全く『音楽』がないんです。もちろん、安全面の問題もあるからそれは仕方ないこと。それでも7000もの人が集う場所に全く音が流れていない静寂に包まれた独特な雰囲気というのは、なんとも言えないものでした。今思い返してみても、あの場所に合う音楽は浮かばないですね」

 今後、数十年は何も生み出すことのない「未来なき空間」。そこに音が流れるようになる日は、まだまだ遠い。