一流の武術家にして世界的な映画俳優ブルース・リーが32歳で急逝していなければ、11月27日で75歳を迎えていたことになる。凡人には到底及ばぬ才能を見せつける伝説の男に迫るべく、そのベースとなった中国武術の詠春拳(えいしゅんけん)を探ってみた。


 近年、香港で多数作られたリーの師匠であるイップ・マン(葉問)をモデルにした映画では、その師弟関係がほとんど描かれていない。ストーリー上、最も見応えあるシーンを曖昧にしていることに違和感を覚える。


 格闘技トラベラーのせりしゅんや氏は「イップがマスターした詠春拳の継承者の一人、銭彦氏によると詠春拳はマンツーマン指導が基本で、新人のリーに教えたのは、ほとんど兄弟子たちということでした。だから渡米前にリーがイップ師父に『向こうで指導者になりたい』と提案した際も、『時期尚早だ』と了承は得られていなかったそうです」と指摘する。


 そもそも当時の中国では「武術は秘伝であり、広めるものではない」との考え方が主流だった。リーは外国人も指導対象にしたため、イップだけではなく、米国の華僑協会が道場破りを送るほど反発を受けた。リーが道場破りを打ち負かしたのも真実だが、リーの兄弟子たちには、もう一つ譲れない理由があった。


「彼の教えたものはアメリカナイズされた詠春拳。もともとあるものを少し派手にしただけ」(香港在住の兄弟子)


 リーの周辺は、リーが詠春拳に世界中の格闘技を取り入れ、さらに進化させた武術「截拳道」を創始したと解釈しており、この溝はリーの死後42年がたった今も、埋まる様子はない。


 せり氏は「ただ、誰もが認めることは、リーが自分のセールスに大成功したことです。映画『燃えよドラゴン』のヒットは、白人中心の米国社会で東洋人の地位を高めるほどの影響をもたらし、今もリーにあこがれて中国武術を始める門下生が、世界中で後を絶たないのです」と語る。


 リアルな姿を探っても、リーは優秀な人間だったと感じさせられる。