【不思議現象】長崎「浦上天主堂」のマリア像が涙

2015年08月11日 06時10分

怪奇現象が起こる浦上天主堂

 長崎は9日、被爆から70年の「原爆の日」を迎えた。長崎原爆資料館や長崎原爆死没者追悼平和祈念館、右手を高く上げ、左手を水平にしている平和祈念像はテレビでもよく映し出され、修学旅行でも訪れる場所となっている。その陰で目立たないところもある。それは、長崎市内にある浦上天主堂だ。

 アジア最大規模のキリスト教会のひとつであった浦上天主堂は、爆心地の東北約500メートル地点に立っていたことから、一瞬で壊滅してしまった。広島の原爆ドームのように原子爆弾の悲惨さを後世に伝えるため、がれきのまま保存されることになっていたが、技術的にも困難であったことで、58年4月に全面撤去されている。現在の天主堂は、後の時代に建て替えられたものだ。

 この日、早朝、日曜礼拝に合わせてミサがあり、信者ら約300人が集まったが、市内中心部にある大浦天主堂(2016年ユネスコの世界遺産候補)のような知名度もないことから、観光客が訪れることも少ない。

 浦上天主堂の近くで商店を営む80代の女性はこう語る。

「もう戦争はこりごりですよ。あの日は、市内の中心部からだいぶ離れたところにおったので助かったとですけど、同級生の多くは原爆で命を落としたとですよ。ピカーッという光がしたかと思うと、そのすぐ後にものすごい音と、今まで体験したこともないような爆風がきたとですよ。恐ろしかったとよねぇ。亡くなった同級生は、みんな幼なじみだったとですよ。今でもみんなの顔は覚えているとです」

 浦上天主堂のすぐ前にあるマリア像は首がもげてしまったものもあるが、いまでも残っている。

「私は毎月あそこに掃除をしに行っとるとですが、亡くなった同級生が集まって来とるのが分かりますよ。そして、そこに行くとみんなで話をしとるのが分かるとです。幼い日の格好をしたままですけどね。本当に死んでも死にきれなかったとですよね」

 また毎年、長崎の教会群を見て歩く福岡市内に住む30代の女性は、浦上天主堂で不思議な体験をしている。

「(首が残っている方の)マリア像の頭がいつもより下を向いていたんです。あれ? おかしいな…と思ってのぞき込むと目には光るものがあったんです。涙でしょうか。震えているようにも見えました。夜の10時ごろのことです。それから隣にあるキリスト像がツバキを手にしていたんです。ツバキっていうのは、11月から4月にかけて開花するものですよね。この夏にそんなことがあるのでしょうか。もともとツバキというのは、五島の花です。そのことから五島にあるいくつかの教会では、ステンドグラスや柱などにツバキをモチーフにした花柄文様があしらわれています。そのときそこには、私たち以外、誰もいませんでした。オカルトはまったく信じない方なのですが、本当にこんなことが起こるんですね」

 原爆投下当時、浦上天主堂には多数の信徒が集まっていた。8月15日の聖母被昇天の祝日を間近に控えて、“ゆるしの秘跡(告解)”が行われていたからだ。しかし原爆による強烈な熱線を浴び、崩れてきたがれきの下敷きとなって、天主堂にいた主任司祭、助任司祭を始めとして信徒の全員が亡くなった。

 広島の原爆ドームは、ユネスコの世界遺産に登録されて日本を代表する観光資源となったが、浦上天主堂は悲運だった。もしも原形をとどめていれば原爆ドーム同様に長崎市の大きな観光資源となっていたことは想像に難くないし、世界遺産に登録される可能性もあっただろう。とはいえ、あのような忌まわしい戦争は二度と起こしてはならないことだけは確かだ。