細田守監督の最新映画「バケモノの子」が好調だ。11日の公開から16日間で約198万人を動員し、前作「おおかみこどもの雨と雪」を超え、興行収入50億円は確実と見られている。一昨年にアニメ界の巨匠・宮崎駿監督(74)が引退し新たなアニメ界の巨匠として存在感を強める細田監督だが、その人物像はあまり知られていない。そこで歴代の助監督を務めた「ソードアート・オンライン」の伊藤智彦監督(「時をかける少女」「サマーウォーズ」助監督)、「ノラガミ」のタムラコーターロー監督(「おおかみこどもの雨と雪」助監督)、そして「バケモノの子」の助監督・青木弘安氏の3人に集まってもらい、細田監督とはいったいどんな人物なのか語ってもらった。(WEB担当・徳重辰典)

■スクランブル交差点のモブにまずは圧倒される「バケモノの子」

――本日はお集まりいただきありがとうございます。まず最初に助監督というのはどういうお仕事なのでしょう

タムラ:まず助監督ですが、演出はしません。演出は細田さん一人です。アニメーションの場合、コンテと演出処理という作業がありまして、監督はコンテを書き、アングルや芝居をつける。助監は実際にどういう素材を使ったらいいか、その作業を誰に任せるかという交通整理をする。監督が建築家だとしたら助監は現場監督で、監督の頭の中のプランをどう再現するかが仕事です。

――説明ありがとうございます。ではタムラさん、まず映画「バケモノの子」を見て率直な感想はどうでしたか。

タムラ: 僕は立場上どうしても技術で見ちゃうんですけど、とにかくモブ(群集)がすごいと。アニメにおけるモブのきつさは作っている人が一番知っているので、そういうシーンが出るたびに「きつー」っとパワーに当てられました(笑い)。齋藤プロデューサー(優一郎、スタジオ地図代表取締役で今作のプロデューサー)が「今回モブが肝なんだよ」と言っていたんですが、渋谷のスクランブル交差点をアニメで書くという時点ですごい。

伊藤:時かけの時も時間が止まった渋谷のスクランブル交差点のモブを手描きで描いたんですけど、そのときも「モブを3DCGで」と話があったから、それを何年か越しでやったんだなと。歴史を感じました。

青木:モブを担当したデジタルフロンティアのCGディレクターの堀部亮さんもデザインとかなじみ調整(CGが背景と違和感ないよう調整する作業)とか最初はきつかったそうです。今回は5人くらいクラウドアプリの専門チームがいて、目立つキャラは手付け(人間が演技を設定)で、あとはクラウド。渋天街で熊徹と猪王山が戦うところで九太が降りてくるシーンなど実は何カットか主人公の九太を含めてすべてCGだけというシーンがあります。

タムラ:それはすごいな。CGって影付けでCGっぽさが出ちゃうんですが、細田作品はもともと影がないのでなじみがいいんですね。流れで見ている限りでは正直僕でも手描きとCGの区別はつかない。やはりデジフロの力はすごいですね。サマーウォーズまではOZの世界だったり3Dパートだけの担当だったんですけど、おおかみこどもの時「普通の撮影会社だと手癖で作ってしまうので、新しい風を入れられないか」と撮影(動画、背景などを一つのデータにする工程)をやったことのないデジフロにあえてお願いした。そこと今回もう一度組むことで新しく進化させている。

青木:堀部さんも非常に熱意のある方で、相談すれば2個、3個と代案を出してくれました。渋谷でいえば、看板など貼り込み素材は僕がほぼ全部作りました。渋谷の街でいうと1997年、2006年、2015年の3つの時代のものがあり、看板だったりスクリーンのスポンサーが違うんです。2006年は近すぎて逆に資料がなくて、渋谷区図書館に行って調べたり、Kダブシャインの自伝に渋谷の写真がちょっと載っていたのでそれを見たり。その辺りをネチネチを細かく調べてました。実は看板はスポンサーの問題で人の顔は避けていて、看板のみを注視して見ると物とかしかないんですよ。

伊藤:映画を見る人はぜひ注目してほしいですね。2006年の渋谷はこうだったのかなあ。と思ってほしい。助監督は調べるのも仕事。俺もよく国会図書館に行きました。

《次ページ》今作でも出た! 細田監督の玉すだれへのこだわり

■ 今作でも出た! 細田監督の玉すだれへのこだわり

青木:一番最初にした仕事は「東博(東京国立博物館)に行って刀について聞いて来い」でした。最初からネットで調べるのはだめで、まずは足で稼ぐ。

タムラ:調べ物は多いですね。おおかみこどもだとじゃがいもの育て方だったり。リアルはどうか、実際はどうか分かった上でそれをどう崩すか。細田さんは分かっていて崩すのと分かってないで崩すのでは全然違うと考えてらっしゃるんではないのかな。ちなみに青木さんは海外ロケには行ったんですか?

青木:モロッコへの海外ロケは美術班のみでしたね。みんなおなかを壊して帰ってきて、誰もめしがうまかったとは言わなかったです(笑い)。渋天街の住宅街はブラジルのファベーラも参考にしてますが、じゅうたんを作ったり、街や職人街はモロッコがメーンですね。渋谷との対比で、渋谷はファッションの町だから渋天街は布の街にしようと。渋天街は渋谷の裏世界なので、今回地形も合わせているんですよ。熊徹と猪王山が戦った広場は渋谷のスクランブル交差点に当たる辺り。渋谷はすり鉢状の街で周囲を丘に囲まれていて、その辺の高度も美術設定の上條安里さんが合わせて作っています。

伊藤:映画の中で玉すだれが出てきましたね。細田さん、昔から好きでしょ。「時かけ」の時も、主人公の真琴の家に玉すだれがあるんですけど、あれも2カットくらいしか出ないけど3Dで作って。

青木:その時に実績ができているので、今回は「これは伝統的に3Dだよね」となりました。すだれをセルのキャラクターに干渉させるためだけにキャラの立体モデルまで作ったらしいですけど、トータル2カット。熊徹と多々良のとこしか出てこないです。

タムラ:細田さんは自分の作品で一度こうだと決めたことを次の作品でもう一度やるので、どんどん経験値が蓄積していく感じがありますね。一度悩んで決めた結果は美意識として、別の解釈で新たに作るのではなく、今までの美意識の延長で作ると言う感じがある。スタッフも前作から引き続きお願いすることも多いですね。

――確かに今回の声優さんも宮崎あおい、黒木華と過去作に出ている役者が多いですし、スタイリストの伊賀大介氏など「おおかみこども」から引き続き参加しているスタッフが多いですね

タムラ:今回伊賀さんはキャラクターデザインの打ち合わせにも参加されたらしいですね。細田さん自身はデザインイメージをどこまで提示してらしたんですか?

《次ページ》伊賀大介プロデュースで細田監督がおしゃれ化?

■伊賀大介プロデュースで細田監督がおしゃれ化?

青木:細田さんがさらさら描く時もありますが、基本的には細田さん、山下さん(山下高明、今作のキャラクターデザイン、作画監督も務めた)、伊賀さんがホテル合宿をして決めました。

伊藤:合宿はいつもやっているんですよ。「時かけ」の時は細田さんと貞本(義行)さんがホテルに2日間こもって映画とかビデオを見ながらああだな、こうだなと。貞本さんがアイドル好きなのでアイドルのビデオを見て話すことが長かったそうです。

タムラ:「おおかみこども」の時は伊賀さんが後付け的に入ってきたところもありましたが、今回は基本のデザインから携わっていて一歩踏み込んでいる。伊賀さんが入っているのはうらやましいです。現代のシーンでも、古臭く見えない今のファッションをやりすぎない程度に着丈とか処理してデザインできているのは伊賀さんの功績だと思います。

伊藤:細田さん自体も最近キャップをかぶっていて、どうやら伊賀さんにもらった帽子らしい。

タムラ:伊賀さんにスタイリングしてもらえるのはうらやましいですね。伊賀さんは要求に対して、きちんと提示するのがうまくて。変にアニメアニメした服でもハイセンスな服でもなく、細田さんが要求する絶妙なおしゃれ具合の服を選んでくれる。

青木:スタジオ地図には実際に作った熊徹の服とかあるんです。けっこう和っぽく見えるんですけど、もともとは洋風の服で、そこを服の折り方だったり、後ろの模様でなぜか和っぽく見える。背中の柄も伊賀さんの提案です。意外と熊徹は服をいっぱい持っていて、背中のマークが違ったり、インナーもボタンがあったり丸首だったり、同じ色なんですけどちょっとずつ変わっているんですよ。

タムラ:熊徹みたいな記号化されたキャラの服が変わるのは珍しいですね。

青木:布の街ではあるので衣装はいっぱい持っているけど、好みはある。百秋坊は僧侶なんで変わっていないんですが、九太だったり、ほかのキャラもちょこちょこ服が変わってます。

――作品の全体の内容についてはどういった感想を持たれましたか

タムラ:細田さんは身近なことをテーマにしたいと常々おっしゃってますが、今回はお子さんが生まれてから作った話なので、父親と子供の成長譚になってますね。普通だったら九太だけを主人公にして、熊徹は師匠として少し味付けするくらいがこの手の作品のセオリーなんでしょうが、今回は熊徹にも悩みであったり感情移入させるように作るところが細田さんらしい。クレジットは熊徹が一番上ですしね。

《次ページ》渋天街と重なるアニメ業界

 ■渋天街と重なるアニメ業界

――伊藤さんはどう見ましたか

伊藤:何年か一緒に仕事やっているので、細田さんの作品を見ると細田さん自身の人生と重なってしまいますね。今回は子供が生まれてこういう親父になりたい、あるいは子供にこうなってほしいというのがダイレクトに見えると思っています。よかったのは終盤の九太が多々良と百秋坊に引きとめられるところ。あの場面での九太のセリフを息子に言ってもらいたいのかなと。主人公の九太は細田さんの息子であると同時に細田さん自身という多重性もある。

タムラ:九太が監督だとすると、渋天街自体がアニメ業界なんじゃないかなとも思いました。アニメの世界に入って、やがてそこから現実世界に戻ってくる。そうすると師匠である熊徹は山下さんにも見える。(※山下氏は東映アニメ時代の細田氏の師匠にあたる)

青木:テレビの取材で細田さんは自分と父親がこうであったらよかったとの願望もあると言ってました。

タムラ:アニメ業界に足を踏み入れて、成長して、でもそこに入り浸りでは細田さんは満足できない。現実世界でも認められたいとか、折り合いをつけたいというのがあるから、最後は現実世界に戻ってハッピーエンド。アニメを作っているとアニメファンのために作ってしまうけど、細田さんは一般向けをすごく意識してらっしゃる。だからといってアニメを否定したいわけではない。

青木:渋天街からも祝福されますからね。

伊藤:両方から褒められたい(笑い)。

タムラ:映画のセリフをアニメ制作に置き換えると「俺の絵をまずはトレースしろ」「線はさっとしてぎゅっと引くんだ」と。やっぱり重なりますね(笑い)。

青木:「心の中にえんぴつはあるだろ」と(笑い)。そういえばアニメ界の師弟関係と最初の段階に言ってました。

タムラ:熊徹もそうなんですが、アニメ業界も才能のある人が必ずしも教えるのがうまいとは限らないですからね。そういう人についていくと大変。あと熊徹も強いというわりに周りからは阻害されているところがある。天才ゆえの孤独というか。そこは細田さんの気になるテーマなのかなあと思いました。今どんどん知名度が上がっていて、対等にディスカッションできる人も減ってきてるでしょうから。

《後編に続く》