任天堂社長死去 よゐこ有野、糸井重里氏が哀悼

2015年07月13日 13時29分

よゐこ有野も岩田氏の死に哀悼

 任天堂は13日、岩田聡社長が11日に胆管腫瘍のため、入院先の京都市の病院で死去したと発表した。55歳だった。


 岩田氏は東京工業大情報工学科卒業後、ゲームソフト制作会社ハル研究所に入社。プログラマーとしてファミコンソフト「ゴルフ」「バルーンファイト」など数々のゲームを手がけ、1992年に同社社長に就任した後に「星のカービィ」「大乱闘スマッシュブラザーズ」などのヒット作を生み出した。


 00年には当時の故山内溥社長に誘われ任天堂入りし、取締役を経て02年5月、42歳の若さで社長に就任。ニンテンドーDSやWiiを発売し、09年3月期決算では売上高が1兆円を突破。プレイステーションの後塵を拝していた任天堂を、ふたたびゲーム業界トップにまで押し上げた。


 また自社のサイトに岩田氏自らがゲーム開発者にインタビューを行う「社長が訊く」コーナーを持ち、新作ゲームをプレゼンテーションする動画配信企画「ニンテンドーダイレクト」にも出演。自ら一ゲームファンであると語り、常にファン目線に立つ姿はゲームファンに愛された存在だった。


 ゲームファンで知られるお笑いコンビ「よゐこ」有野晋哉(43)は突然の訃報に「『時間が出来たら作りたい』て言うてはった岩田サンの新作ゲーム、やりたいです。バルーンファイトはずーっと面白いです。コレ作ったひとの名刺持ってるで!て言えるのは僕の自慢です。有難う御座います。お疲れ様でした」とツイッター上で哀悼のコメント。


 また94年発売のゲーム「MOTHER2 ギーグの逆襲」の開発をきっかけに岩田氏と親交のあったコピーライター糸井重里氏(66)はサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」内のコラムで岩田氏の名前は出さないものの「じぶんのことは、なんでも後回しにして、ずっといつも、だれかの助けになろうとしていた」と故人をしのんでいる。

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