つけ麺の神・山岸さんの「超舌伝説」

2015年04月10日 11時00分

山岸さんの人柄とつけめんは多くの人を引き付けた

 1日に心不全で死去した人気ラーメン店「大勝軒」の創業者で“つけめんの神様”と称された山岸一雄さん(享年80)の葬儀・告別式が8日に都内で営まれ、7日の通夜も含めて多くの人が参列した。常連客や弟子、ラーメン業界関係者だけでなく、政治家、経営者、芸能人が山岸さんの死を悲しんだ。故人の何が人々を魅了したのか。ドキュメンタリー映画「ラーメンより大切なもの~東池袋大勝軒50年の秘密~」(2013年公開)を撮った印南貴史監督(45)が語った。

 東京・文京区の護国寺で営まれた告別式には弟子や常連客が最後の別れに訪れた。隣接する豊島区が選挙区の自民党の小池百合子衆院議員(62)が弔辞を読み、「ラーメンという大衆食をつけめんで大衆文化に引き上げた。お弟子さんにのれん分けをし、文化を広めた。ラーメンの神様、レジェンドでした」と山岸さんの功績をたたえた。

 弔電がキヤノンの御手洗冨士夫会長兼社長(79)をはじめ多くの企業経営者から届き、前日の通夜にはタレントの勝俣州和(50)や猫ひろし(37)が駆けつけるなど、山岸さんの人柄とつけめんはさまざまな分野の人々に愛された。

 孫弟子で「中華蕎麦とみ田」店主の富田治氏(37)は「山岸さんのいた大勝軒に通っていたのがきっかけで、この道に入りました。魅力は人柄で、本当に普通の優しいおじいちゃんなんです。謙虚で怒ったところを見たことがなくて。厨房にずっと立ち続けている姿を見て、自分もできる限り立ち続けたいと思いました」と世代を超えてラーメン職人に影響を与えている。

 とにかく優しかった。富田氏はラーメンイベント「大つけ麺博」で1位になったときに、トロフィーを山岸さんのところに持って行ったという。

「つけめんを広めてくれた方なので持って行きました。『いいよ(いらないよ)』と言うかと思ったら、『ありがとう』って受け取ってもらって(笑い)。孫弟子なので直接指導を受けたわけではありませんが、いつも気にかけてくれて、DNAは受け継いでいきたい」(富田氏)

 一方、仕事には厳しかったと印南監督は話す。

「舌が鋭敏で、どんなスープでも味をみて微調整して(正しい味で)出せる。舌が神様なんです。ほかのお弟子さんにはできません。レシピを公開したことで批判されたこともあるのですが、山岸さんからすると、自分の味が広まってほしい気持ちと、公開したところでまねできないという自負があったんです」(印南監督)。それだけ味覚がすぐれていたのだ。

 山岸さんは食べることが大好きだったという。

「カップラーメンを自作していたこともある。営業終わりに、つけめんに卵を入れたものを大盛りで食べていた。そして1時間したら寝ちゃう」(印南監督)

 山岸さんは黄身だけ残して、最後に溶かずにつるっと食べる派だったと富田氏が付け加えた。

 奥さんが亡くなったとき、山岸さんは店を開けられないほどショックを受けていた。

「奥さんのことは大切だけど、それを言わない。どこか不完全さを持っていて、それがみんなの心に刺さったのでしょう。ラーメンの味だけでなく、山岸さんの心が残ればいいなと本人も思っているんじゃないかな」(印南監督)

 山岸さんの死を受けて、印南監督は編集作業の真っただ中。12日に「ザ・ノンフィクション」(フジテレビ系)で放送される。