R—1王者・中山功太&三浦マイルドがブレークしなかった理由

2015年02月22日 16時00分

「R-1ぐらんぷり2013」で優勝した三浦マイルド

 ピン芸人日本一を決める「R—1ぐらんぷり2015」に対し、お笑いコンビ「ナインティナイン」の岡村隆史が自身のラジオ番組で苦言を呈したことが話題となっている。

 岡村が指摘したのはオープニング用に制作されたVTR演出。このVTRには過去、R—1で決勝進出した出場者が流されていたが、この中に登場しなかった過去の優勝者がいるというのだ。だいたひかる(02年)、中山功太(09年)、三浦マイルド(13年)の3人だ。

 岡村は「チャンピオンなのに自分が入ってなくて、(優勝してない)ファイナリストが入っていたらすごく傷付く」と主張した。

 お笑い関係者は「3人とも岡村にとって吉本の後輩だから、かわいそうと思ったのでしょう。でもそれ以上に、3人とも今はあまり仕事がない。特に中山と三浦は厳しい状況に置かれてますから」と指摘する。

 優勝した当時は中山、三浦ともに大阪を拠点に活動していた。本来はR—1優勝を機に東京進出するつもりだったが、「彼らがブレークしそこなったのは、東京進出がかなり遅れてしまったため」(前出のお笑い関係者)。

 中山は当時、NHK大阪で「あほやねん!すきやねん!」というローカルの帯番組の司会を担当していた。

「“R—1覇者”ということで、東京のテレビ局からも仕事のオファーが結構あったが、断らざるを得なかったんです」(在阪テレビ局関係者)

 1年後にようやく東京進出を果たしたが、そのころには“R—1覇者”という肩書も忘れ去られていた。

 一方の三浦もブレークできないまま現在に至っている。「R—1優勝の副賞で『全国ネット冠番組を持てる』というのがあったが、三浦の放送は遅れに遅れた。結局『祝!R—1ぐらんぷり2013優勝 三浦マイルド イケてる芸人になりたい!』と題された冠番組が放送されたのは、R—1を制してから半年後の8月18日だった。三浦はこの冠番組が放送されてから東京に行こうと思っていたようだ。でも遅れたせいで、なかなか行くことができなかった」(前出の在阪テレビ局関係者)

 結局、東京に拠点を移したのはR—1優勝から1年以上たってから。

「中山もそうだけど、それではテレビ局もオファーを出しづらい。だから2人とも今では、テレビでほとんど見なくなってしまった」(キー局関係者)

 今年はじゅんいちダビッドソンが、サッカー日本代表の本田圭佑選手のモノマネネタで優勝した。

「今は話題となっているが、中山や三浦の例を見ても“優勝”という記憶があるうちにテレビに出まくらないと、売れっ子であり続けるのは難しい」(前出のキー局関係者)

 最近は“お笑い氷河期”と言われる。芸人が生き残るのは大変な時代になったようだ。