【国生さゆり連載8】ピンチを救ってくれた恵規ちゃん

2012年09月07日 11時50分



【国生さゆりのニャンたま事件簿(8)】昭和60(1985)年4月1日放送開始の「夕やけニャンニャン」(フジテレビ系)にレギュラー出演するために、私は東京・大田区蒲田で人生初の一人暮らしを始めました。番組ユニット「おニャン子クラブ」の初期メンバーは高校を卒業したばかりの新社会人を中心にした11人。公平を期すために会員番号はくじ引きで決めることになり、私は「8番」を引きます。

 私以外の10人はもともと都会育ちで洗練されているし、おニャン子立ち上げ時点で歌もダンスもそれなりにこなせる人が多かったんです。それに番組で失敗したとしても反省する様子はあまりなく、にぎやかに騒いでいました。一方の私はといえば、中学・高校時代の6年間を陸上づけで過ごしたバリバリの体育会系少女。リハーサルはもちろん、本番でもダメだったところは練習を重ねて直したいんです。

 でも他のメンバーは、私が考えているほどにおニャン子活動のことを本気で考えていないように思えて、番組開始早々から私の存在は周囲から浮いていきます。番組が軌道に乗った8月ごろから同じ初期メンバーの会員番号4番・新田恵利ちゃんとの仲が取りざたされたけど、もっと前から私の考え方と行動は他のメンバーと違っていました。