急逝した“新宿2丁目のパイオニア”が残したもの

2015年01月18日 16時00分

“ゲイの聖地”東京・新宿2丁目のパイオニア的存在だった通称ミッキーさんが、先月30日に急逝した。「小柄だけどワイルド顔のイケメンで、いつもニコニコしていた印象。去年見掛けた時は元気そうだったのに…」とは、昔世話になったという40代ゲイ。

 若いころ、体操やバンド活動をしていたミッキーさんは、実家で営む都内飲食店の地下で喫茶店をやっていた経験を生かし、1980年代半ば、2丁目にショットバー「ZIP」をオープンした。しゃれた内装で、当時10〜20代のゲイたちの夜遊びスポットとしてたちまち大人気に。週末の店内はギュウギュウだった。

 常連の中には、メンズ雑誌や広告のモデルたちなど芸能関係者も。今は俳優として活躍するKもその一人だ。「あのころはまだ売れ始めで、所属事務所から“2丁目出入り禁止令”が出るまでよく行ってた」とはKの元遊び友達。また当時、社会現象になったCMで人気女優の相手役を務めたモデルも遊び場にしていた。

 ゴールデンタイムの連ドラで初めて同性愛を扱い、ゲイの間では伝説のドラマ「同窓会」(日本テレビ系)が放映されたのは93年秋。この第1話で、主人公の隠れゲイ・風馬(西村和彦)がバイの少年・嵐(TOKIO山口達也)と出会う2丁目のゲイバー「スプラッシュ」は、ZIPをモデルにセットが組まれた。

 脚本を担当した井沢満氏は一昨年のブログで、風馬がひそかに思いを寄せるノンケ同級生・中(アタリ)を演じた高嶋政宏と西村を連れて当時、ZIPに行ったと告白。また、風馬とヤル時の嵐の誘い文句「思い切って飛び込んでみれば? 水、案外気持ちイイかもしんないよ」は名ゼリフの一つで、井沢氏はブログにこう書いている。

「『同窓会以前・以降』という言葉があるそうで、ドラマが世の中に出てきてから身を潜めていた人たちが二丁目を目指して集まるようになり、オープンになった、と聞きました。それとともに普通の男女も観光気分で来るようになったようです」

 言わばZIPは、隠れゲイたちを2丁目に“飛び込ませる”きっかけをつくったのだ。2丁目はその後、バブル期を迎える。

 米国へ渡り本場のゲイシーンに触れたりもしていたミッキーさんは、93〜97年1月までの3年半、有楽町にあった“伝説の大箱ディスコ”日比谷ラジオシティで大掛かりなゲイナイトを毎月開催。ハントショット・ゲーム(番号をつけた客同士のゲイねるとん)や、歌ものハウスがメーンのDJ選曲は、その後、日本のゲイクラブイベントの主流となった。

 2丁目では93年に、ZIPより広く、踊れるカフェバー「ARTY FARTY」もオープン。若者たちは待ち合わせやデートスポットとして大活用した。その後ZIPは「THE ANNEX」としてリニューアル。後に移転したARTYとともにゲイオンリーという敷居をなくし、ドリンク代の安さも手伝って、ノンケや外国人観光客も集まる気軽なクラブとして今も週末はにぎわっている。

 ただ、風営法の締め付けで、ANNEXは2012年夏からダンス禁止に。ARTYは踊れるが、深夜1時で閉まる。そんな規制も緩むのではと噂されていたさなか、オーナーは逝ってしまった。しかも62歳という若さで…。「ヒザが悪かったり体にガタはきていたが、死因はヒートショック(血圧の急激な上昇や下降)による突然死と聞いてる。暖房の効いた部屋から寒い浴室に移動して倒れたみたい」(関係者)

 ミッキーさんは2丁目の瀟洒(しょうしゃ)なマンションで一人暮らしだった。7日の社葬の参列者は「年を取ったゲイの独り身って、そういうことがあるから心配。同居ならすぐ救急車呼べたかもしれないのに。同性婚やパートナーシップ制度といった法整備が進めば、ゲイの老後も少しは良くなるんだけど」。…合掌。