先月10日に悪性リンパ腫のため83歳で亡くなった国民的俳優、高倉健さんに関する注目の著書・写真集が相次いで出版されることが分かった。作家・嶋崎信房氏の小説「高倉健 孤高の生涯」と、写真家・遠藤努氏の写真集「映画俳優・高倉健~その素顔」(ともに音羽出版)だ。その中からまだ世間には出ていないお宝の秘話、秘蔵写真を一挙公開する――。

 今月下旬と来年早々に「高倉健 孤高の生涯」(上巻・任侠編)(下巻・流離編)を出版する嶋崎氏は、かつて東京スポーツ新聞社の映画担当記者を務め、健さんを東映時代から長年取材。今春から執筆に取りかかっていた。大ヒット映画「網走番外地」シリーズをはじめ、ロケ現場などを通して知り得た健さんの“素顔”とは――。

 寡黙でマジメというイメージを持たれることが多かった健さんは、同時代の俳優には酒豪が多かったにもかかわらず、酒を一切飲まないことでも有名だった。だが、決して飲めないわけではなかった。ある深い事情から酒をキッパリやめていたのだという。

 キッカケとなったのは明治大学の学生時代だ。高校時代はボクシングをしていた健さんだが、海軍で相撲が強かった父親の言いつけで、相撲部に入った。それでもボクシングに未練があったのだろう。友人はボクシング部の学生が多かった。

「ボクシング部の友達が、酒を飲んで不祥事を起こしたんだよ。それで健さんは『不祥事を起こすから、もう一切酒は飲まない』と決めた。昔は焼酎をよく飲んだらしいんだけどね。それでコーヒーだけになった」と嶋崎氏。

 酒は飲まないが、カラオケは大好きで、お気に入りは水前寺清子の歌だった。「三百六十五歩のマーチ」や「いっぽんどっこの唄」など、人生観をテーマにした歌が好きで、マイクを握ると何曲でも歌う。結婚・離婚した歌手で女優の故江利チエミさんが作詞作曲した歌もよく歌っていた。

 高校生時代から進駐軍の家でバイトをしたりして英語をマスターするなどインテリだった健さんだが、ボクシングをしていたことからも分かるように、腕っ節にも自信があった。気も強かった。それが原因で、東映に入ってから、思わぬ“事件”も起こしてしまう。大スターだった故鶴田浩二さん(享年62)とのケンカだ。

「当時、東映ニューフェイス1期の山本麟一(山麟)、2期の健さん、今井健二は明大運動部出身で、明大三羽烏と言われていた。体育会系ばっかりなんで、鶴田浩二から『お前ら字なんか読めねえだろ。台本なんて読めねえだろ!?』って散々バカにされた。すると3人が怒ってさ。大泉の撮影所の裏でケンカするんだよ。鶴田が『役者だから顔は殴らねえからかかって来い』と言ったら、ラグビー部出身の山麟のタックル一発で参ってしまった。肋骨かなんか折ってしまった」(同)

 その後、健さんと鶴田さんは“和解”。鶴田さん主演の「人生劇場 飛車角」に健さんも出演し、スターへのキッカケをつかんだ。

 気性が荒っぽいところがあった健さんは、時折スタッフに手を出すこともあったが「鶴田に叱られてから、健さんは『もう人は殴りません』となった」(同)。

 普段はなかなか素顔を見せなかった健さんだけに、意外なエピソードには驚かされるばかりだ。