文太さん「膀胱全摘拒否」で訴えたセカンドオピニオンの重要性

2014年12月02日 11時00分

講演活動を行っていた文太さん

 菅原文太さんは2007年にぼうこうがんを発症。ステージ2と宣告され、10人医者がいたら9人が「ぼうこうの全摘出が必要」と診断するまでに進行していたという。だが、文太さんはどうしてもぼうこうを摘出することが許せなかった。


「尿意を自分で感じて排出する行為にこそ、人間らしさがあるという考えでした。ぼうこうを全摘した場合、体に人工ぼうこうの袋を取り付けなければないないのですが、菅原さんは『あんなもの、ぶら下げれるわけないだろ!』と拒絶し続けていました」とは文太さんを知る医療関係者。摘出手術を断った文太さんは、知人を通じてぼうこう温存療法を推奨する医師を紹介してもらった。これは読んで字のごとく、抗がん剤や陽子線治療で「切らずに治す」治療法のことだ。


「保険が利かないため、かなり高額な治療費になったと聞いていますが、菅原さんは即決。07年4月から約3か月間入院しました」(同)


 入院中は妻の文子さんが献身的に看病していたという。術後も文太さんの症状は安定。がんは5年間再発しなければ、ほぼ完治したと言われる。文太さんは12年の定期検査で「異常なし」と診断され「ぼうこうなくして菅原文太なし!」と大喜びしていたという。


 12年11月に芸能界を引退した文太さんは政治活動などに傾倒。ぼうこうがん治療の現場に対しても、自らの実体験をもとに一石を投じていたという。「がんをテーマにした講演会では十分な選択肢を示さずぼうこうを全摘する日本の医療現場に『とても先進国とは思えない。詐欺みたいなもんだ』と苦言を呈し、セカンドオピニオンの重要性を説いていました」(関係者)