全焼から5年「座敷わらしに会える宿」の今

2014年11月23日 09時00分

緑風荘は看板だけを残して全焼した(岩手県二戸市)

「座敷わらしに会える宿」として全国的に有名だった岩手県二戸市、金田一温泉の緑風荘が全焼して5年。いよいよ再建に向け動き出した。しかし気になるのは、再建された宿に座敷わらしが再び現れるのかどうか? そして、そもそも座敷わらしに守られていたはずの宿がなぜ火事になったのか? 経営者の五日市洋氏(47)に聞いた。

 緑風荘は、築300年の母屋と築50年ほどの新館で構成されていた。座敷わらしの目撃情報が多かったのは、母屋の槐(えんじゅ)の間。ここで座敷わらしに会うと出世するという伝説があり、過去にはホンダの創業者本田宗一郎氏、パナソニック創業者松下幸之助氏が宿泊し、ともに会社は世界的企業に。「栄光の架橋」が大ヒットする前のフォークデュオ「ゆず」の岩沢厚治(38)も宿泊し、有名作家や政治家が座敷わらしに遭遇した経験を語っている。

 その緑風荘で火災が発生したのは2009年10月4日。午後8時半ごろに出火し、母屋と新館が全焼し、21人の宿泊客と従業員は全員無事だった。

 五日市さんによれば「警察と消防からは、特定できないけれど原因は配電盤では、と言われました。あの時はお客さんに逃げてもらわなきゃと必死でした」という。焼け跡は更地になり、現在は足湯が設置されている。

 座敷わらしに守られているはずの宿が焼失したのはなぜ?と素朴な疑問を抱く記者に、五日市さんは意外な事実をこう明かした。

「実は母屋も新館もだいぶ土台が傷んでいたんです。改修しなければいけなかったけど、3年先まで予約が切れずに入っていたので、できなかった。火事は東日本大震災の1年半前ですが、あの地震がきたら倒壊して犠牲者が出ていたと考えられます。また直前は満室がずっと続き、働いている家族は休みが取れずにいつ倒れるかという状態でした。火事で犠牲者は1人もいませんでしたし、旅館だけが燃えて、すぐ隣の家には延焼しませんでした。後から考えると火事になったことで助けられたというか、守られたとさえ思います」

 では座敷わらしは再建後に再び現れるのか? 

「うちの座敷わらしは亀麿というご先祖で、うちの守り神ですから、他所には行かないと思います。実は300年前に隣の集落からここに移ったきっかけも火事だったそうです。『新しくしろ』という意味があったのでしょう。早く再建して、遊び場を作ってあげなくてはと思っています」

 現在、五日市さんは緑風荘の敷地の近くで居酒屋「ゆのはな交流館」を経営。緑風荘の再建については「7月にようやく再建計画がまとまりました。総額で約3億円が必要で、自己資金と銀行からの融資などで大部分はまかなえるのですが、5200万円届かず、この分をファンドと寄付でご支援をお願いしています。7月からの4か月で3分の1集まりました」。

 ファンドは投資金額によって、再建後の「特別先行予約権」が与えられるという。

 火災後「先祖をちゃんと拝まないからだ」と叱られたとも言うが「私にとっては悪いことではなく、再生のきっかけだと思っています」と五日市さん。再び客を招く日が待ち遠しい。