健さんが男気見せた2大騒動

2014年11月19日 18時00分

「砂の冒険者」製作発表の場で、エイズ死亡説に怒りを爆発させた健さん(1987年5月)

 高倉健さんといえば、映画の撮影が終わればふらりと海外旅行に出かけ、次の作品の撮影が始まるまで“雲隠れ”することで知られていた。ところが、私生活がベールに包まれていたことが災いして、思わぬ大騒動に巻き込まれたこともあった。1987年の“エイズ死騒動”だ。芸能マスコミが右往左往した意外な健さんエピソードを一挙蔵出しする。

 87年4月15日、「健さんが米国の病院でエイズで死亡した」というショッキングな“怪情報”が流れ、マスコミ各社が確認に追われて大騒動になった。同年1月にエイズ研究の権威として知られるパリのパスツール研究所で「健さんが目撃されていた」という情報もまことしやかに流れた。

「映画会社の幹部や健さんと仕事をしたことがあるプロデューサーなど誰一人消息がつかめなかったために、本当に死んだのではという不謹慎な臆測も飛び交った」(当時を知る映画関係者)

 夕方になって「死亡説」がデマだったことが確認された。健さんは4月6日に米ラスベガスでボクシングの試合を観戦してそのまま米国に滞在していた。

 同年5月21日、都内のホテルで行われた東宝映画「砂の冒険者」の製作発表に健さんが出席。騒動後初めて公の場に姿を現すとあって、300人を超える報道陣が詰め掛け騒然となった。

「いろいろ自分のかたくなな生き方で世間をお騒がせし、ご心配をかけて申し訳なく思っています。2年ぶりの映画なので燃えてやりたい」
 質疑応答では「エイズ死亡説」に関する質問が集中した。「一度殺されたので、また初心に戻って」と最初はジョークを交えて話したが、相次ぐ質問にさすがの健さんも怒りが爆発した。

「女の噂とかであれば笑って済まされるが、殺されるようになれば…故郷には肉親もいるんです」「噂があるたびに釈明していたらきりがない。同性愛だとか、病院に行っていたとか、ボクにとってはまったくバカげた話」と声を荒らげる場面もあった。

 それでも「だからといって自分の生き方を変えようとは思っていません。いずれ正しいことが分かってもらえると思いますので」と締めくくり、大物の存在感を見せた騒動だった。

 健さんといえば歌手の江利チエミさん(享年45=82年死去)と59年に結婚、71年に離婚し、その後は生涯独身を通した。

 美空ひばりさん(享年52=89年死去)、雪村いづみ(77)とともに「3人娘」といわれた江利さん。映画「サザエさん」シリーズのサザエさん役で当時人気絶頂だった江利さんと結婚した健さん。おしどり夫婦といわれたが、江利さんの義理の姉の付き人が江利さんの銀行預金を使い込む横領事件を起こし、江利さんが数億円の借金を背負うなどのトラブルもあり、別れた。

 71年9月13日、健さんは無精ひげを生やし憔悴しきった表情で東映京都撮影所で記者会見し、離婚の胸中を語った。

「チエミは…彼女が至らなかったと言っていますが、至らなかったのはボクの方です」「チエミは良い女房でした。ボクは旅が好きで放浪ぐせがあったから、そんなところから、隙間風が入ったのかもしれません。13年間の…」などと、最後までチエミさんをかばいおとこ気を見せた。