健さん ご近所さんの「改築祝い」にサイン色紙プレゼント

2014年11月18日 20時05分

 高倉健さんの訃報を受け、東京・世田谷区の自宅前には30人あまりの報道陣が集まった。

 

 ひっそりと静まり帰った自宅前には時折近所の住民などが訪れ、手を合わせる姿も見られた。

 

 近所に住む40代主婦は「私が最後に見かけたのは8月ごろだったと思います。自動車に乗られている健さんを見ました。去年は車で家を出るのが同じ時間帯なこともあって、よくお見かけしていました」と話した。

 

 そして、健さんらしい優しさに触れたこともあったという。

 

「立ち話をするとかそういう近所付き合いはなかったですけど、私の子供が健さんのことが大好きで『健さ~ん!』と声をかけると、車に乗っていてもわざわざ窓を開けて手を振ってくださったりした。車から降りて写真撮影をしてくださった時もあって、健さんから『このポーズでいいですか?』『背景はこれでいいですか?』といろいろと気遣いをしてくださったのを覚えています」

 

 住居を改築した時には健さんが家を訪れ、改築祝いとして自らのサイン色紙と写真集をプレセントしてくれたという。

 

 私生活では、映画「恐怖の空中殺人」(1956年)での共演をきっかけに、歌手の江利チエミさんと59年に結婚。71年に離婚すると、その後は独身を通した。健さんの自宅から3分ほど歩いたところにある「報徳寺」の墓地に江利は眠っている。

 

 寺の山門の傍には手を後ろに組んで歌うおさげ髪の少女の石像があり、「テネシー・ワルツ」の音符と、「江利チエミ」の名前が刻まれている。親友の歌手・雪村いづみ(77)の呼び掛けで建てられ、命日には多くの知人やファンからの花束が届けられているというが、近所の住民によれば「高倉健さんの本名である『小田剛一』の贈り名で、毎年特別なお線香が届けられていた」という。

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