武田鉄矢「幸福の黄色いハンカチ」撮影時の健さん秘話明かす

2014年11月18日 18時49分

高倉健さんとの思い出を語った武田鉄矢

 歌手で俳優の武田鉄矢(65)が18日、都内で会見し、高倉健さんの死を悼んだ。

 

「一生懸命頑張って、時々お会いしてほめてもらえる。もうそんな機会がないのかと思うと寂しい」。そう漏らした武田の映画デビュー作で、健さんの代表作の一つとなったのが映画「幸福の黄色いハンカチ」(1977年)だった。「ボクみたいなやつに演じることの無垢さ、純真さを教えてくださった。生涯の宝です」

 

 この映画のロケは北海道で1か月間、泊まり込みで行われた。その間、食事に連れていってくれ、気遣いをしてくれたという。「ボクは台本の読み方も分からない素人だった」と振り返る武田にある夜、健さんが「お前、分かるか」と映画のテーマについて話し始めたという。

 

「分からない」と答える武田に、健さんは「『おかえりなさい』なんだ。この言葉がどれほど人間にとって幸せなことなのか。山田監督はこれが言いたいんだ」。当時、20代の武田は「そんなもんですかね」と理解はできなかったというが、「お前にもやがて分かる」と諭してくれたという。

 

 また、ラストシーンの黄色いハンカチを見て桃井かおりと武田が号泣するシーンも振り返った。「あの時は、監督がどうしても真っ青の青空で撮るんだと5日間も待たされた」。待たされ続け、黄色いハンカチを見ても感動も何もなくなってしまい、涙が流せないと焦っていた。

 

 そのとき「健さんが急に振り返って『1か月間、ロケつらかったろ。東京帰っても元気で暮らすんだぞ』って言ってくれてね。この人と別れるのかと思うと映画と関係なく泣けてきてね」。そのタイミングで撮影がスタート。感動の名シーンにつながったという。

 

「あの別れのあいさつというか、健さんの演出がなかったらあのときの演技はなかった。忘れません」と頭を下げた。

 

 そんな武田も健さんに怒られたことがあるという。「ぼくが健さんのことをあっちこっちでしゃべっていたことがあって。お会いしたときに『ベラベラしゃべるんじゃない』って怒られましてね。でも、好きな人のことはしゃべりたいじゃないですか」と涙を浮かべながら語った。

 

 10日に亡くなって、18日まで公表しなかった。このことにも「高倉健という美意識と志が、弱さを一切見せず、美しく鮮やかな残像を残していかれたのが健さんらしい。背中しか見送れませんでしたが、後ろ姿に深く深く一礼をささげたい」と話した。