健さんと同じ83歳の山田洋次監督「大きな励みだった」

2014年11月18日 17時23分

高倉健さんの思い出を語った山田洋次監督

 高倉健さんの訃報を受けて、映画「幸福の黄色いハンカチ」(1977年)や「遙かなる山の呼び声」(80年)などで高倉さんとタッグを組んだ山田洋次監督(83)が18日、都内で取材に応じた。

 

 山田監督はショックを隠し切れない様子で「本当はこんなところに出てきたくないし、何も言いたくない。だけど、何も言わないことは健さんに失礼だと思い、あえて出てまいりました」と思い出を語り始めた。

 

「幸福の―」の主演を依頼した当時、上下ジーンズ姿で現れた高倉さんに初めて会った印象について、山田監督は「非常に鮮烈でした」と表現した。

 

「健さんにお願いしたいということで、一度会わせていただいて。僕の赤坂の仕事をしている宿まで来てくれた。『こんな物語です。健さん、やってくれますか?』とお願いすると、『いつから体を空ければいいですか?』『分かりました』と言ってくれた」

 

 山田監督は宿の階段を下りて見送ったという。

 

「健さんが『私にとっても今日はうれしい日ですよ』と言って足早に去っていった。『ああ、よかった』と思った日のことを、僕は忘れることができませんね」

 

 同映画では冒頭で、網走刑務所を出所した高倉さんが、駅前の食堂でラーメンとかつ丼を食べるシーンがある。

 

 山田監督は「そのシーンのために1日、2日絶食したと後で聞いて。そういう形で仕事をする人なんだなと感心しましてね」と振り返ると、ストイックとされる性格について「とっても繊細で人の気持ちの分かる人。ナイーブで怖いほどビリビリした神経の持ち主だった」と告白した。

 

 次回作を準備中だった健さんの存在は、山田監督にとって大きな支えだった。「僕も83歳で健さんと同じなんだ。健さんが元気でいてくれることが僕にとって、どれだけ大きな励みか。健さんがまた仕事に入ると聞いたときは、僕もまた頑張れるなと思っていた。健さんがいなくなってしまったら…僕もすっかり気落ちしてしまいますね」と肩を落とした。

 

 山田監督にとって、映画人生でめぐり合った偉大な俳優は健さんと故・渥美清さんという。

 

 渥美さんも高倉さんと同じようにひっそりと息をひき取ったそうで、「みんなに迷惑をかけたくない気持ちだったのかもしれない。いまごろ2人が巡り会って、話をしてらっしゃるのかなと。『黄色いハンカチ』にも2人が久々に出会うシーンがある。あの時の情景が僕の目の前に浮かんでます」と別れを惜しんだ。

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