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【国生さゆり連載2】バリバリの体育会系少女に


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【国生さゆりのニャンたま事件簿(2)】中学に進学した昭和54(1979)年の春らんまんのころ。陸上部に入部し、短距離の選手になった私は、勝てない悔しさから練習に没頭します。厳しい父親と優しい母親の指導のもと、すくすくと育った私は自分で言うのも何ですが、子供のころから素直な頑張り屋さんだったんです。

 負けず嫌いでもあり「今日のレースで勝てなかったのは自分の努力が足りないからだ」と反省し、ますます毎日のトレーニングで自分を追い込んでいきました。短距離という種目の最大の魅力は自分の努力がそのまま反映するところにあります。少なくとも私はそう信じていたし、実際に練習すればするほど記録が更新できましたから。

 そんなこんなで平日は部活で走り、日曜日は大会で走る生活(ゆとり教育なんてなかったこの当時は月〜土曜まで学校があって、休日は日曜だけだったんです)を3年間続けた結果、鹿児島県の中学生のなかでもトップクラスの短距離ランナーになりました。

 ここで高校進学の問題が持ち上がります。というのも父親の仕事の関係(海上自衛官)で、高校進学の際には広島・呉市に引っ越すことが決まっていたからです。そこで呉市の女子高に願書を提出し、陸上の特待生として見事に合格! やったね、私!!
 こうして昭和57年の4月から新天地・呉市での女子高生の生活が始まりました。とはいえ、生まれ育った鹿児島の鹿屋市と呉市ではほとんど違いはなく、陸上以外はのんびりした日々を過ごしていましたね。

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