“それは秘密でした”桂小金治さん3つの爆笑エピソード

2014年11月06日 20時30分

「それは秘密です!!」(日本テレビ)で、故ジャンボ鶴田さん(中)と小学校時代の恩師(左)との対面を見守る小金治さん(1986年11月)

 ワイドショーやバラエティー番組の司会、そしてリポーターとしても日本中から愛された落語家の桂小金治(本名・田辺幹男)さんが3日、肺炎のため川崎市内の病院で死去していた。88歳だった。喜怒哀楽を前面に出す語り口調で、社会問題に対しては「怒りの小金治」、はたまた生き別れの肉親を再会させ、感動でもらい泣きする姿で多くの視聴者を引き付けて「泣きの小金治」の異名を取っていた。そんな小金治さんの人情味あふれる爆笑秘話を公開――。

 日本テレビ系のワイドショー「ルックルックこんにちは」で共演した目黒区議会議員でジャーナリストの須藤甚一郎氏(75)は“泣きの小金治”について、意外な秘話を明かす。

 小金治さんといえば、1975年スタートの「それは秘密です!!」(同)で、生き別れとなった肉親らとともに涙を流す姿だ。この番組終了後、このコーナーだけが「ルック――」に受け継がれ、同じように出演者とともに涙を流していた。

 須藤氏いわく「小金治さんがすごいのは、泣いているのによどみなくトークができるところ。言葉に詰まったりしない。うそ泣きだったって? 違うよ。アレは生まれ持った才能だと思う」。

「ルック――」で同コーナーが終了し、降板した後も、たびたびスタジオには顔を出していたという。あるテレビ局関係者は「出演予定もないのによく顔を見せていてね。2001年に番組は終わるんだけど、その時もなぜかスタジオにいて、最後のシーンでは、ちゃっかり出演者と一緒になって、しっかりテレビに映っていた。それだけ思い入れのあった番組だったんだろうね」と振り返る。相当にちゃめっ気があったようだ。

 得意の話術で周囲を笑わせることも多かった。

 ゴルフにハマってしまい、移動中の新幹線のグリーン車で、思わずスイングの練習をしていた時のことだ。通りかった車掌に「ほかの人の迷惑になるからやめてください」と注意された小金治さんは、すかさず「ここはグリーンじゃないのか!?」と落語家ならではの絶妙の切り返し。車掌はただただ笑うしかなかったという。

 一方で、女性関係でも大ウケの逸話があった。俳優中井貴一(53)の父佐田啓二さん(享年37)とは恋人を“奪い合う仲”だったと自慢していたとか…。

「松竹の撮影所近くにあった飲食店にかわいい女性が働いていて、小金治さんは彼女に熱を上げていた。ところが、その子が結婚することになり、相手を聞いたら佐田さんだった。小金治さんは『やっぱり佐田啓二には勝てないなぁ…』とボヤいていた」(当時を知る関係者)

 希代の二枚目俳優とライバルだったと自負するあたり、笑いのツボを心得ていたようだ。

 そんな小金治さんが、常に意識していたのは庶民感覚。にもかかわらず、東京・杉並区に3000万円(現在なら3億円以上)の豪邸を建てた。さすがにマズいと思ったのだろう。シャレで切り抜けるかと思いきや、このときばかりは観念して(?)ある番組内で「皆さん、ぜいたくしているとお思いでしょう。本当に申し訳ありません」と土下座したという。

 人気者になっても偉ぶらず、おせっかい焼きだった小金治さんの交友関係は多岐にわたっていた。元チェッカーズの藤井フミヤ(52)は小金治さんのことを「東京の父さん」と慕い、結婚の際には真っ先に小金治さんに相談したと言われている。

「フミヤ君はテレビで小金治さんを見て育ったのだろう。小金治さんも彼との交流をうれしそうに話していた」(須藤氏)

 晩年は落語家としての活動もしていた小金治さん。役者やタレントとして人気を博したが、やはり根っこは芸人だったのだろう。いくつもの“爆笑伝説”を残して天国に旅立っていった。

 通夜は10日、葬儀は11日に東京・桐ヶ谷斎場で営まれる。