淡路さん“公開移送”は本望だった

2014年01月13日 10時30分

淡路さんの遺体は棺に納めず寺院に移送された

 名優・萬屋錦之介さん(享年64)の元妻で、近年は人気ゲーム「ドラゴンクエスト」シリーズの熱狂的ファンとして若者らにも知られた女優・淡路恵子(あわじ・けいこ、本名井田綾子=いだ・あやこ)さんが11日午後5時24分、食道がんのため都内の病院で亡くなった。80歳だった。遺体は死去からわずか3時間後、薄い白布をかけられただけの姿で都内の寺院へ“公開移送”される異例の事態に。そこには淡路さんならではの“遺言”があった――。

 喜劇「駅前」シリーズや「この世の花」など昭和期の映画で活躍した大女優が天国へ旅立った。

 長男で俳優の島英津夫(52)によると、容体が急変したのは11日朝のことだった。

「午前5時くらいに病院から電話があって、7時に駆け付けたら酸素マスクと点滴をしていた。これから『舞台があって、また(病院へ)行くからがんばって』と声をかけたのが最後でした」

 淡路さんは体調に異変が見られ、昨年7月に検査。直腸がんと食道がんが見つかった。直腸がんは人工肛門の手術をするなどして対応。食道がんは投薬で治療した。

「10月末には目も見えなくなってきていた」といい、島だけは医師に「12月までもつかどうか…」と余命を宣告されていたという。もともと超スレンダーな体がさらにやせ細り、体重30キロ前後まで激ヤセしていた。

 異例だったのは、遺体の“電撃公開移送”だ。入院先の東京・港区の虎の門病院で亡くなったのは午後5時24分。それからちょうど3時間後の8時24分には豊島区の仙行寺へ。亡きがらは棺に納められず、薄い白布をかけられただけで生々しい。ストレッチャーに乗せられ、カメラマンの無数のシャッターを浴びる中、同寺に安置された。

 著名人の遺体の搬送について、ワイドショー関係者は「ある芸能人が亡くなった時なんか、事務所側が遺体が入った棺を撮られたくないと報道陣とカーチェイスしたり、霊柩車のダミーを使ったりしたこともあった」と振り返る。ベテラン芸能リポーターの川内天子さんも、「棺の到着が移送に間に合わなくて、白布だけかけて移送したというケースはなくもないですが、珍しい」と今回の指摘した。

 淡路さんと20年以上の親交があり、島が所属する芸能事務所「アリー・エンターテイメント」の朝比奈文邃社長(39)は異例の“公開移送”の理由をこう明かす。「(淡路さんが亡くなった時、島は)舞台に出演していたので、一刻も早く対面させてあげたかったんです。それに、あれだけ名の知られた方。(マスコミにも)隠さないで(堂々と)寺の正面から移送しようと思いました」

 先述の通り、早朝に母を見舞った島はたまたま仙行寺の隣の劇場「シアターグリーン」で行われた舞台に出演。亡き淡路さんが愛息にすぐ会えるよう手配したわけだ。

 波瀾万丈の芸能人生を送り、何事も包み隠さず、いかなるスキャンダルに見舞われようと報道陣に気丈に対応してきた淡路さん。もちろん、朝比奈氏の取った“公開移送”は「淡路さんにとっても本望だったはず」と芸能関係者も断言する。

 移送先が仙行寺になったのもワケがある。

 淡路さんは生前、同寺副住職の顔も持つ朝比奈氏にこう“遺言”を残していた。「死んだらあなたのとこ(仙行寺)へ連れていってね」――。淡路さんの四男である哲史さん(萬屋吉之亮=2010年に自殺)の墓が同寺の裏手にあったことも一因だった。

 大スターの萬屋錦之介さんと2度目の結婚、離婚をした淡路さんは、萬屋さん(1997年没)と哲史さん、亡くしていた三男の写真を自室に置き、供養していたという。

 島は舞台出演後、ようやく亡き母と対面。「朝はつらそうだったけど…。ホッとしているような顔でした」と涙を流した。

 晩年はテレビで経験豊富な“ご意見番”として辛口トークが人気を集めた淡路さんは、最期の最期まで正々堂々としていた――。

☆あわじ・けいこ=1933年7月17日生まれ。東京都出身。48年、東京府立第八高等女学校(現都立八潮高校)3年で松竹歌劇団(SKD)の養成学校の松竹音楽舞踊学校を受験して合格し、同歌劇団に入団。49年に公開された黒澤明監督の「野良犬」に踊り子の役で出演して鮮烈なスクリーンデビューを飾った。宝塚歌劇のファンで「映画より歌劇が好き」と公言して浅草・国際劇場の「夏のおどり」などに出演。映画出演のオファーも相次ぎ、53年に松竹専属となり「姉妹」(53年)「この世の花」(55年)などの出演を経て56年にフリーとなる。66年に萬屋錦之介と再婚し、いったん引退。87年に離婚後、山田洋次監督の「男はつらいよ 知床慕情」で映画に復帰、その後は舞台を中心に活躍した。近年は映画「ぷりてぃ・ウーマン」(2002年)に主演したほか、バラエティー番組にも出演し、歯に衣着せぬ発言で親しまれた。