やなせさん日本初の「性絵本」描いていた

2013年10月17日 11時00分

2003年7月、本紙の直撃取材に答えてくれたやなせさん。囲み写真はやなせさんが絵を担当した貴重な性教育絵本「なぜなのママ?」(アーニ出版提供)

 25年間続いている人気アニメシリーズなどで知られる「アンパンマン」の生みの親・漫画家やなせたかし(本名・柳瀬嵩)さんが13日午前3時8分、心不全のため、東京都内の病院で死去した。94歳だった。ここ10年は腎臓がん、膀胱がん、腸閉塞、すい臓炎などと闘いながら、日本中の子供に夢と希望を与えてきたが、40年前に日本で初めて「性教育絵本」を描いていたことがわかった。もちろん、周囲から大批判を食らったが、やなせさんはペンを置かなかった。

 子供たちのヒーローとは、あまりに正反対の作品も描いていた。勃起した父親の男性器からピュッ!と発射された精子と母親の卵子が合体し、受精する決定的瞬間を描いているのだから――。

 それだけでない。父親の男性器とたわわに実った母親のおわん形乳房とアンダーヘアを、子供たち2人が驚いて指さしている絵まである。

 これは、1972年に出版された3歳児以上向けの性教育絵本「なぜなのママ?」(アーニ出版)の一部。絵を手がけたのがやなせさんで、文章は「性を語る会」代表の北沢杏子氏(83)が書いた。同氏は、往年の大人気特撮番組ウルトラシリーズ第1弾「ウルトラQ」(66年放送)の脚本を担当したこともある。
 北沢氏によれば「この絵本は、日本で初めての性教育絵本」。出版後にはバッシングが吹き荒れた。性教育は、40年前まではタブー視される傾向にあったからだ。

「都内の高級デパート内にあった書店に並べられたんですが『こんなハレンチな物は許さん!』って、一般のお客さんに棚ごとひっくり返されたことがありました。私の自宅窓には石が投げられたり…」

 やなせさんも同様の批判を浴びたことは、容易に想像できる。

「70年代までの日本は『赤ちゃんはコウノトリが運んでくる』だの『処女崇拝』だのといった貞操観念の性教育がうたわれていた時代でした。でも、その裏で“妊娠即中絶”などの問題が表面化。そういった性教育は時代遅れと感じた文部省(現文科省)から、私は性教育教材の早急な制作を依頼されました。それで、私は知り合いのラジオ関係者の縁で、やなせさんに絵をお願いすることになったんです」

 この出版は「あんぱんまん」(のちに「アンパンマン」とカタカナ表記)が73年に初めて発表される直前。野心あふれるやなせさんは、性教育に目を背けていた風潮に果敢に挑んだ。