内田裕也さんロックなストリップ秘話 浅草ロック座で大麻見回り隊!

2019年04月05日 11時00分

内田裕也さんの祭壇

 3月17日に肺炎のため亡くなったロック歌手・内田裕也(本名・内田雄也、享年79)さんのお別れの会「ロックンロール葬」が3日、東京・青山葬儀所で営まれ、ファンや関係者ら約950人が参列した。内田さんといえば思い起こされるのは、ライフワークでもあった「ニューイヤーズワールドロックフェスティバル」。ある時期、会場探しに窮してストリップ劇場で開催したことがあった。その舞台裏で内田さんがとった“ロックな行動”とは――。

 故人の代名詞だったロックンロールな演出があふれる“ラストステージ”だった。祭壇の中央に威勢のいい「Rock’n Roll!」の白い文字。その上方にLEDモニターが設置され、「動く遺影」と銘打って、ありし日の静止画と映像を流す珍しい試みがなされた。

 その映像の中で内田さんが「僕は今、あの世にいる。ロックンロールで生きて、ロックンロールで死んだことに感謝する」と話す音声が響きわたった。義理の息子で俳優の本木雅弘(53)も「ネタ元が分かっていない」といつ収録した肉声か把握しておらず、目を丸くしてビックリ。関係者によれば、内田さんが過去に出演した地方CMの未公開のセリフだという。

 戒名は本木と妻で喪主を務めた内田さん長女のエッセイスト・内田也哉子の希望で「響」「和」の文字を入れた「和響天裕居士(わきょうてんゆうこじ)」に。

 弔辞は同時代を生き抜いた盟友のタレント堺正章(72)が読んだ。内田さんは自身の古希祝いで、アントニオ猪木参院議員から闘魂ビンタを食らったといい「小さい声で『シェキナベイベー』と言ったが、実は違った。『医者呼んでくれ』と言ってたんだ」とおもしろおかしく振り返った。

 また堺は昔、内田さんから「歌手として長生きするにはどうしたらいいか分かるか? ヒット曲を出さないことだ」と力説されたと明かし、「それをあなたは貫いた」と天国に語りかけ、会場を笑わせた。

 内田さんといえば、ライフワークだったのが恒例の年越しイベント「ニューイヤーズワールドロックフェスティバル」。現在は東京・銀座の博品館劇場で行われているが、実は1993年以降、数回にわたり浅草のストリップ劇場「浅草ロック座」で行われていたことがあった。

 以前、内田さんは本紙に「どこも場所を貸してくれるところがないから、ロック座に頭を下げてやったんだ。スタッフ、(中継の)フジテレビもよく我慢してくれたよな」と振り返っている。

 そこで内田さんは「いろいろ教わったこともあった。劇場のママから言われたんだ。『踊り子にとって舞台は神聖な場所なのよ!』って。それで、ロック座に絶対に迷惑をかけちゃいけないって思った」との思いを強くし、何と「トイレでクサ(大麻)を吸ってるやつがいないか『見回り隊』を作ったんだよ」と、独自の“マリフアナ取り締まり”を行っていたという。

 過去に大麻取締法違反容疑で逮捕されたこともあるが(後に起訴猶予処分)「よその家で迷惑をかけるわけにはいかない」と律儀な一面を見せたわけだ。

「ラリッてるやつがいたら、俺のところに連れて来させて説教したね。『おい! このフェスをやるのにどれだけの人たちが協力してくれていて、どれだけのエネルギーを使ってるのかわかるか? それがわからないやつ、人の気持ちがわからないやつはロックやる資格はねぇ!』って叱ったんだ」と、内田さんなりのロックな仁義を貫いた。

 ところが「クサはニオイがするからすぐにわかるんだけど、10年もすると『赤玉』『黒玉』っていうのが出てきて、それだとニオイがしないから、目を見てラリッてるかどうか判断したとかさ(笑い)」と取り締まるのも一苦労だったと、内田さんは振り返っていたという。

 音楽界といえば、薬物とのつながりが常に問題視されているが、内田さんはスッパリ断って“生涯ロックンローラー”を貫いていた。