参院選の目玉候補になる! TBS系報道番組「NEWS23」「Nスタ」などでキャスターを務めた元同局アナウンサーの久保田智子氏(42)が今夏の参院選で、立憲民主党の公認候補に浮上していることが分かった。自身の地元・広島選挙区(改選数2)からの出馬で調整中という。同局の“報道の顔”だった故筑紫哲也さん(2008年死去=享年73)に影響を受け、タレントみのもんた(74)とも“真っ向勝負”をした元女子アナの電撃的な国政挑戦は、夏の陣の目玉になりそうだ。

 複数の関係者の話を総合すると、久保田氏は立民の公認候補として、地元の広島選挙区からの出馬で調整されている。“後見人”は、同じくTBS在籍時にキャスターを務め、退社翌年の16年参院選(長野選挙区)で当時の民主党から初当選した現・立民の杉尾秀哉議員(61)だという。2人はTBSで先輩、後輩の間柄にあり、報道番組でよく共演した。

 久保田氏はタレント性の高い各局の女子アナとは一線を画し、熱心に取材する姿勢から“記者アナ”と形容された。その異名を取る礎になったのが「NEWS23」で共演した筑紫さんだという。

 入社5年目の04年から2年間、同番組でスポーツコーナーを担当。短い期間だったが名アンカーマンのリベラルな主張に触れ、ジャーナリズムに目覚めたようだ。

「政治、経済、社会を熱心に勉強していた」(TBS関係者)

 マジメすぎる一面は、他の名物司会者の逆鱗に幾度となく触れた。

 平日朝の番組「みのもんたの朝ズバッ!」では10年1月からサブキャスターを務めたが、「情報番組の顔として前面に出たがるみのさんにひるむことなく、報道志向を貫こうとした。局アナの美尻にタッチしようとするみのさんにとって初めての“人種”で、鼻についたのだろう。久保田が放送前やCM中に怒声を浴びせられたのは一度や二度ではなかった」(テレビ局関係者)。

 その結果、1年ももたず同年9月に同番組を卒業。みのから飛ばされたに等しい“降板”だった。

 13年からはアナウンス業務と並行して外信部↓政治部↓経済部の記者職を歴任。二足のわらじを履いた。15年5月に日本テレビの政治部記者と結婚。翌16年に退社を発表した後、米ニューヨークに移り住み、名門コロンビア大学大学院で歴史学の修士号を取得したという。

 近況が伝えられていなかった中での電撃出馬情報だ。近日中に帰国するとの観測も流れているが、公職選挙法では参院選の被選挙権について居住地は不問で「満30歳以上で可」としているため立候補に支障はない。

 掲げる公約は、地元広島のために汗を流すのはもちろんのこと「今一番関心を寄せている沖縄の基地問題ではないか」(知人)とみられている。

 当の本人は20日、ツイッターで「沖縄についてもっとアメリカ人に知ってもらいたいと、アメリカ・カリフォルニア大学の学生が中心に行っている『沖縄を知ろう』という取組です」と記し、「私も関わっている」というそのプロジェクトを紹介。ツイッターでは過去にも、バリバリのリベラルな論陣を張っていた。

 立民にとっても久保田氏は“隠し玉”だ。

「直近2回の参院選広島選挙区では、自民候補が野党候補に圧勝している。久保田はその牙城を崩す目玉として適任だろう」(永田町関係者)

 先月発売の「週刊新潮」は、立民の枝野幸男代表について「枝野さんは、国民(民主党)の現職がいる広島や茨城、静岡といった2人区でも独自候補者の擁立を強行するつもりで“誰か有名人いないかな”なんてうそぶいてみせる始末です」との関係者談を伝えていた。その“有名人”として白羽の矢が立ったのが、久保田氏だったワケだ。

【政治家になった女子アナ・キャスター】これまで国会議員への転身を果たした元女子アナやキャスターは数多い。現東京都知事の小池百合子氏(66)もテレビ東京「ワールドビジネスサテライト」のキャスターを務め、1992年に前熊本県知事で後に首相となる細川護熙氏が結党した日本新党から参院選に出馬し当選、政界へ進出した。その後、各党を渡り歩いた後、2016年に都知事選に勝利し、女性として初めての都知事となった。

 女子アナから国会議員といえば、元NHKのアナウンサーで「夜7時のニュース(現在の『ニュース7』)」を担当した畑恵氏が95年に新進党から参院選に出馬し、当選している。

 また、07年の参院選には元テレビ朝日アナウンサーの丸川珠代氏が自民党から東京選挙区で出馬し、議員バッジをつけた。15年には第3次安倍政権の第1次改造内閣で、環境大臣及び内閣府特命担当大臣(原子力防災)に任命され、初入閣した。

 立民では蓮舫参院議員がキャスター出身として知られている。04年に民主党から参院選に出馬し、初当選。09年の民主党政権時代には、内閣府が設置した事業仕分けワーキンググループの一つである、農林水産省・文部科学省・防衛省担当の「仕分け人」として活躍。「2位じゃダメなんですか?」などの名言を残した。