死去・佐藤純彌監督が残した功績

2019年02月18日 16時30分

死去した佐藤純弥監督。右は故高倉健さん(1975年10月)

 映画界の大御所・佐藤純彌監督が9日深夜、都内の自宅で家族に見守られ死去していたことが17日分かった。86歳だった。

 東映によると、3年前に消化器系疾患で医師から入院を勧められたが、本人は拒否。自宅療養していたが、先月19日には東映東京撮影所OBによる恒例のマージャン大会にも参加し、元気な姿を見せていた。死因は多臓器不全による衰弱。葬儀は親族だけで済ませたという。

 故松田優作さんの「人間の証明」(1977年)、故高倉健さんと薬師丸ひろ子の「野性の証明」(78年)などで知られる佐藤監督だが、何より大きいのが“中国との懸け橋”となった功績だ。

 76年の「君よ憤怒の河を渉れ」は、文化大革命後初の海外映画として3年後に中国で公開され一大ブームに。主演した高倉健さんの知名度が中国で高いのはこのためだ。同作は一昨年、中国映画界の巨匠ジョン・ウー監督が、福山雅治と中国人俳優のダブル主演でアクション作品「マンハント」としてリメークされた。

 日中国交正常化10周年記念の日中合作映画「未完の対局」(82年)は、モントリオール世界映画祭でグランプリ。大作の「空海」(84年)や「敦煌」(88年)では大規模な中国ロケを敢行した。

 異色作として語り継がれる97年の「北京原人 Who are you?」は99年、本社制定第8回東京スポーツ映画大賞で特別賞に輝いた。

 俳優の西田敏行は「85年に撮影した『植村直己物語』のことが思い出されました。北極での撮影ではスタッフ・キャストの命を守り、作品を成功に導かねばというプレッシャーと闘いながら、皆の前では穏やかな表情で監督指揮をしていた姿です。人望があり、学者肌の映画監督でした」としのんだ。

 遺作となったのは、8年前の「桜田門外ノ変」。こちらは日本の時代劇だが、脚本を担当したのが前出の中国映画「マンハント」で脚本家陣に名を連ねる江良至氏というのも数奇な縁だろう。

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