「団塊の世代」堺屋太一さん死去で再評価 幻に終わった東北への“文化首都遷都”

2019年02月12日 16時30分

アイデアマンだった堺屋さん

「団塊の世代」「巨人、大鵬、卵焼き」などの名付け親で知られる作家の堺屋太一(本名・池口小太郎)さん(享年83)が多臓器不全のため8日に亡くなり、関係者の間ではその偉大な功績が語られている。

 時代の仕掛け人で、独創的かつ斬新なアイデアは世の中の耳目を集め続けた。東大卒業後、通商産業省(現経済産業省)に入省し、1970年の大阪万博や75年の沖縄海洋博などを企画立案。

 在職中に作家デビューし「団塊の世代」がベストセラーになり、退官後は作家やプランナーとして活躍。小渕、森政権では民間登用で経済企画庁長官を務めた。

 経済だけでなく、芸能、スポーツと多分野に造詣が深く、女子プロレスの尾崎魔弓のファンとしても知られ、会場に足しげく通った。脱官僚、脱東京一極集中を説き、東日本大震災後、政権与党の民主党から東北復興のアイデアを求められた席では、こう提唱した。

「日本の官僚は戦時中から東京に一極集中するために、特定目的の文化施設を東京にしか造らせないようにしてきた。東北地方の復興のために、特定文化ではこの街でないと見られない、東京から人が集まる特色ある文化を造るべき」

 持論だった首都機能の移転は高い壁に阻まれたが、せめて文化首都の移転はできないかというアイデアだった。NHK交響楽団の本部移転、大相撲の東北場所開催、歌舞伎の殿堂となる専用劇場設営など具体的な例を挙げ、文化機能の移転は風評被害を食い止める狙いもあるとした。

 もっとも、風前のともしびだった菅政権は堺屋さんの“金言”に耳を傾ける余裕はなかった。その後、堺屋さんが熱を上げたのは地方分権を旗印に掲げた橋下徹氏。

「2020年の東京五輪でさらなる東京一極集中化が進み、大会後はバブル崩壊が起き、日本が再び傾きかねない。25年の大阪万博開催こそが、その沈み込みを防ぐ役割を果たす」と力説し、維新のブレーンとして誘致に汗を流した。

 2度目の大阪万博開催が決定し、堺屋さんは安心したのか、直後に体調不良で入院。帰らぬ人となったが、その遺志は引き継がれる。