借金40億円を10年で完済した坂口さん

2013年03月30日 16時00分

「前略おふくろ様」(1975年)、「池中玄太80キロ」(80年)などで人気を博し“お嫁さんにしたい女優ナンバーワン”だった坂口良子さんが27日に都内の病院で死去していたことが分かった。57歳だった。タレントで長女の坂口杏里(22)や、昨年8月に入籍したばかりの夫でプロゴルファーの尾崎健夫(59)にみとられて天国に旅立ったという。坂口さんは昨年末にインフルエンザにかかり、肺炎を併発して入院していたとされたが、一部では消化器系疾患による重病説が報じられていた。

 あまりに突然の訃報に芸能界はショックに包まれた。坂口さんは、女性誌が「重病、都内入院中」と報じた後の3月12日のブログで「昨年、腸閉塞を患い、それとほぼ同時期にインフルエンザから肺炎になってしまったりと、体調を少し崩しておりました。現在は、栄養を補給する為、点滴等の治療をしながら、ゆっくりと静養しております」とつづっていた。

 復帰へも前向きなコメントを書き込んでいたが、これがファンへの最後のメッセージとなってしまった。関係者によると、坂口さんは先月末に入院。体重が10キロ以上も減り、痩せ細っていたという。最後は家族に見守られ、旅立ったようだ。

 坂口さんは、1975年から放送された萩原健一(62)主演のドラマ「前略おふくろ様」(日本テレビ系)で、気が強いがキュートな料亭の仲居役で人気となり、その後、「お嫁さんにしたい女優ナンバーワン」と呼ばれた。80年の「池中玄太80キロ」(同)では主演の西田敏行とコンビを組んだ美人記者を演じてキャリアウーマン像を印象づけ、その後はドラマや映画に欠かせない女優となった。

 私生活では86年に19歳年上の不動産会社社長と結婚し、長男(23)と杏里をもうけた。しかし、94年に離婚した際には、夫の借金を背負う憂き目に。総額40億円の借金で無一文になったともいわれた。

 その後、10年間にわたってコツコツと返済を続け見事完済。98年ごろ、プロゴルファーとして活躍していたジェットこと尾崎健夫と出会った。きっかけは偶然。坂口さんが食事先の店で好きな男性のタイプについて「尾崎健夫さん」と話したところ、それを聞いた店員から「尾崎三兄弟はよくこの店に来る」と紹介されたことで交際に発展。ほどなく事実婚状態となった。

 坂口さんは健夫について「離婚してから2人の子供を育てるのに必死で自分のことを振り返る暇がなかったが、彼と出会って初めて愛された実感がわいた」とテレビ番組でノロけたこともあった。だがすぐに入籍できなかったのは、杏里が“拒否”したため。

「母親を取られる」と思った杏里は、食事を共にするも、露骨に態度に表し、痛風で苦しむ健夫の足に茶碗を投げつけたこともあったという。「ずっと嫌いだった」が、ふとしたきっかけで分かりあえたとトーク番組で明かしていた。「渋谷109にみんなで買い物に行ったときに自分の気に入った服を『いいね』と言ってくれて気が合うと思った」

 坂口さんが晴れて入籍したのは杏里が成人した後の昨年8月10日。健夫の故郷である徳島・海陽町で披露宴を開き、同じプロゴルファーのジャンボこと兄の将司(66)、ジョーこと弟の直道(56)も出席した。

 この模様は「ぴったんこカン・カン」(TBS系)で放送され、将司が感極まって涙するシーンは話題となった。

 また、おバカぶりも“売り”の杏里とは姉妹のようにケンカする母娘として知られ、テレビで何度も共演した。

「トーク番組では、渋谷のど真ん中で母娘ゲンカをしたエピソードを仲むつまじく話したこともありました。『AKB48のオーディションをこっそり受けて落ちた杏里が、オーディションを受けさせてくれた人のせいにしたので』と坂口が言えば、杏里は『それをお母さんが根に持って、あんた、どうせ落ちたんでしょうとずっと言われるので、腹が立った』と打ち明けた。自然な母娘関係で視聴者の評判もよかった」(テレビ関係者)

 最後のテレビ出演は今年1月10日に放送された「ダウンタウンDX2013新春SP」(日テレ系)。杏里と仲良く共演し、楽しくトークを繰り広げた姿が印象的だった。

 

☆さかぐち・りょうこ=1955年10月23日生まれ。北海道余市町出身。71年「ミス・セブンティーンコンテスト」で優勝し、芸能界入り。モデル、女優として活躍する一方、歌手としても活動。ドラマ出演作は「たんぽぽ」(77年)、「前略おふくろ様」(75年)など。映画は「犬神家の一族」(76年)などに出演。86年に不動産会社社長と結婚し、1男1女をもうけたが94年に離婚。昨年8月、長年事実婚状態だった尾崎健夫と結婚。タレントの坂口杏里は長女。

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