市原悦子さん通夜に600人参列 あの声で…イメージ真逆秘話

2019年01月18日 16時30分

祭壇には笑顔の市原さんの遺影が飾られた

 心不全のため12日に82歳で亡くなった女優の市原悦子さんの通夜が17日、東京・青山葬儀所でしめやかに営まれ、竹中直人(62)、阿部寛(54)、布川敏和(53)、川上麻衣子(52)、宮藤官九郎(48)、井川遥(42)ら約600人が弔問に訪れた。

 1996年のNHK大河ドラマ「秀吉」で“親子共演”し「かぁちゃん」「秀吉」と呼び合う仲だったという竹中は「『秀吉』で一緒だったことは一生忘れられない。とても大切な1年間でした」。市原さんのケラケラ笑う顔と声色が好きだったといい「僕にとってのかぁちゃん。大切な大切な宝物です」と涙をこらえながらしのんだ。

 また「おばさんデカ 桜乙女の事件帖」シリーズ(1994~2007年、フジテレビ系)で長年共演した布川は「市原さんは気を抜いてると本番で突然アドリブを入れてくる。『どんなお芝居するのか見たかったのよ。ハハハッ』って。緊張感は常にありましたね」と振り返った。

 市原さんは1957年に俳優座に入団して女優活動を始めた。以後、数々の舞台や映画、ドラマなどに出演し、「黒い雨」(89年)で日本アカデミー賞の最優秀助演女優賞。ドラマでは「家政婦は見た!」シリーズ(テレビ朝日系)や前出の「おばさんデカ」シリーズなどの代表作を残した。

 市原さんといえば、おっとりした声が特徴のおばあちゃんというイメージが強いが、舞台関係者は「好奇心の強い人で、スポーツをやるのも見るのも好き。マージャンも好きで、勝ちだすと手が付けられなかった」と、意外な一面を明かす。

 同じ丸顔で“親子共演”が多かった川上も「実際は活動的でシャキシャキされた方だった。たまにあの声で毒吐いたりすることもありましたね」と回想したが、役とプライベートのギャップの大きさは、ある意味、本物の女優だったことの証明と言えそうだ。

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