ベテラン女優の赤木春恵さんが94歳で心不全のため29日に亡くなり、多くの芸能人が悲しみに暮れた。テレビの一時代を築いた「3年B組金八先生」や「渡る世間は鬼ばかり」(ともにTBS系)など、数多くの人気ドラマに出演し続けた赤木さん。晩年の“心の支え”になったのは、芸能界やスポーツ界のイケメンたちだった――。

 国民的ドラマといわれたNHK連続テレビ小説「おしん」にも出演。ドラマのプロデューサーとして親交のあった石井ふく子さん(92)は「『渡る世間は鬼ばかり』も含め、小うるさいような役でもきちんと演じる、プロの役者でした」としのんだ。

「渡る――」で赤木さんの息子役を演じた角野卓造も「本当の母親のような存在でした。テレビはもちろん、舞台の時にはいつも赤木ママの楽屋でご飯を食べさせてもらったり、優しく気に掛けていただいたりしました。出来の悪い息子で申し訳ありませんでした。心よりご冥福をお祈りいたします」と悼んだ。

 最近では2015年に大腿骨を骨折。その後にパーキンソン病と診断され、入退院を繰り返していたという。

 そんな赤木さんの晩年の心の支えとなったのは、意外なことに芸能界やスポーツ界のイケメンたちだった。

「芸能界なら(歌手で俳優の)福山雅治。スポーツも好きで、サッカーなら日本代表のキャプテンを務めた長谷部誠、相撲では貴源治や遠藤が好きだった。真面目でカッコいい人が好き。元気な時から周囲に『イケメン好き』とか『面食い』と正直に明かしていただけにやりとりをしたり、テレビで見たりすることで元気をもらっていたようです」(テレビ局関係者)

 赤木さんが、自身の誕生日である昨年3月14日に発売した著書「あせらず、たゆまず、ゆっくりと。93歳の女優が見つけた人生の幸せ」で、福山は帯文を書いている。

 出会いは14年に開催された「高崎映画祭」の授賞式。赤木さんは初めての主演映画「ペコロスの母に会いに行く」で、一方の福山は主演の映画「そして父になる」と2人は異なる作品で参加していた。そのときに福山が赤木さんの楽屋を訪れ、新曲のCDを手渡したのが、初めての出会いだったという。

「赤木さんがお礼の手紙を福山に送ったことで文通が始まった。赤木さんの最後の映画『ペコロス――』の舞台は長崎で、福山も長崎出身だったことからも急接近。闘病生活中も福山との手紙のやりとりで、何度も励まされたようだ」(前同)

 きっと天国でも福山の歌を口ずさみながら、大好きな大相撲とサッカーを観戦するに違いない。

 葬儀・告別式は12月4日、東京都杉並区永福の築地本願寺和田堀廟所で営まれる。