勝谷誠彦さん 告別式で明かされた「選挙」と「うつ病」の悲劇的連鎖

2018年11月30日 16時30分

勝谷さんの遺影

 肝不全のため28日に兵庫県尼崎市の病院で死去したコラムニストの勝谷誠彦さん(享年57)の告別式が29日、同市の阪神平安祭典会館で営まれ「月刊Hanada」の花田紀凱編集長(76)や、漫才コンビ「ハイヒール」リンゴ(57)ら約300人が参列した。

 喪主を務めた弟の友宏氏(53)によると、ひつぎには昨年7月の兵庫県知事選に立候補した際に使用したのぼりやTシャツ、阪神タイガースのユニホームなどが納められた。食通で酒好きだった勝谷さんらしく、銘酒「獺祭」で口元を湿らせたという。

「週刊文春」時代の勝谷さんの上司・花田氏は「安らかな顔でしたね」とポツリ。「酒も注意はしてましたけど、それはしょうがないです。治る可能性があったんだから、せめて入院してからは飲まないでほしかったね」と悔やんだ。

“物書き”としての勝谷さんを評価し「月刊Hanada」のコラム「築地をどり」を任せていたが「病気になって復活したら、勝谷のかつての切れ味がなくなった。トーンダウンしてた。病気じゃなかったら書き直させたけど…彼には言えなかった」と語った。

 花田氏が指摘した“病気”とは、勝谷さん自らがカミングアウトしていたうつ病だ。「不肖・宮嶋」ことフォトジャーナリストの宮嶋茂樹氏(57)も「うつ病を経験されてから弱気な発言が増えた」と振り返った。

 さらに勝谷さんが「世界中で培った知識と経験を火葬場で燃やしてしまうのはもったいない。兵庫県のために使いたい」との思いで臨んだ昨年7月の兵庫県知事選での落選が追い打ちをかけた。

 落選後、勝谷さんは兵庫県内のニュースを見るたび「あ~あ、俺だったらこうしたのになぁ」とこぼしていたという。

 関係者は「本人は選挙に負けると思っていなくて、仕事も全部整理して選挙に臨んだ。それが落選して気力を失ってしまい、いろんな仕事を勧めても何も動かなかった。仕事もなく、昼間から酒も飲む機会も増えた」と明かした。