おさると女猿回し師・ゆりありく「コンビ別れ寸前の大ゲンカ」結成18年目の告白

2018年10月19日 11時00分

結成18年の秘話を語ったゆりあ(左)とりく

 おさると女猿回し師のお笑いコンビ「ゆりありく」(ゆりあ=40、りく=19)が30日、コンビ歴18年にして最初で最後の単独ライブ「ゆりありく ~猿まわしの世界~」を東京・高円寺の「座・高円寺2」で行う。おさるのりくは引退が決まっており、同ライブはまさに集大成の舞台。ゆりあは意気込みを語るとともに、かつて「コンビ別れを意識した」という取っ組み合いの「大ゲンカ」があったことを本紙に明かした。

 さるのりくは人間の年齢に換算すると「68歳」という高齢で、来年5月までの引退が決まっている。それだけにゆりあの今回の単独ライブへの思いは強い。

「18年かけて築いてきた芸を見ていただくということなんですが、おさるさんとの18年は黙って過ぎていくものではなかったとつくづく感じます」と振り返る。

 何よりも大変だったのは人間とさるとの関係作りだった。

「さる社会の規定にのっとった“上下関係”を作るという部分で、むこうが挑んでくる時期が何回かありました。そこで、人間で言うと、本心を言い合いました。ケンカしてまでも言い合う時期が数回ありました」

 中でもコンビ解散を意識するほどの大ゲンカが結成10年目にあった。

「忘れもしませんね。本番中です。私が卒業した動物専門学校の学園祭に呼ばれた時。『後輩や先生にいいところを見せよう』としたその時です。2回公演の1公演目。おさるさんは時、場所、関係ないですからね。芸をやらないどころか、私を舞台上で挑発してきた。リハではお利口だったんですが、何千回も何万回もやってきた竹馬を“はぁ~、誰に向かって言ってるんだよ!”ぐらいの感じでした」(ゆりあ)

 りくが芸を放棄したため、ゆりあは「途中でステージを終えて、先生に土下座して謝った」。2公演目までに何とか解決方法を探そうと、ゆりあは師匠で「太郎・次郎」で一世を風靡した“猿回し界のレジェンド”村崎太郎に電話をかけた。

 だが、村崎からは「お前で何とかしろ!」と突き放された。ゆりあはがくぜんとしたが、ステージは迫っており、何とか解決するしかない。そこで取った策が、学校の横の畑にレジャーシートを敷いての大ゲンカだった。

「プロレスのような、小学生の兄弟ゲンカみたいな(苦笑)。りくから仕掛けてくるので、私も応じました。動物は闘争本能が備わっている。りくももちろんそうですので、私がおさるの“縦社会”に入るという感じですね。そういう戦いがあったからこそ、私たちはやってこられた。そのケンカで私が負けていたらコンビは終わっていたと思います」(ゆりあ)

 その大ゲンカの後は、コンビ関係も仲直り。2公演目は無事、面目躍如の芸を披露できた。

「私の気持ちを理解してくれて、りくが『しょうがないなあ』と付き合ってくれたからこその18年。どのコンビにもできるわけでないし、お互いに気持ちをぶつけ合ったからこその“いま”があると思います」

 18年も続いた人間とさるのコンビは前例がない。師匠の村崎も2代目・次郎とは14年だった。

「そういう意味では記録に挑戦という部分に差し掛かっているのかなと。一概には言えませんが…」とゆりあは謙遜するが、師匠の村崎も「りくの芸は、もう猿王(えんおう)の域に達したな」と絶賛するほど。関係者の間では「おそらく、これほど息の合ったコンビは今後、数十年は現れない」ともいわれている。

 単独ライブは日本の芸能史に残る一ページになりそうだ。

☆ゆりあ=埼玉県入間市出身。2000年4月に太郎次郎一門に入門。同年6月にりく(1歳=当時)とコンビ結成。

 りく=長野県中川村出身。私生活では妻と一女を持つパパ。好物はおにぎり、野菜、ナッツ類。苦手なのはバナナと稽古。「ゆりありく ~猿まわしの世界~」はチケット発売中。「平成30年度 文化庁芸術祭」参加作品。