小島よしお バイト中でも“招集”する先輩のムチャ振りで鍛えられた

2018年08月09日 10時55分

「東京ダイナマイト」の松田

【小島よしおの履歴書(連載9)】お笑い芸人・小島よしお(37)は2006年、留年していた早稲田大を卒業すると同時に所属していたコントグループ「WAGE」が解散し、ピン芸人としてキャリアをスタートさせた。下積み生活では、黒い物体が見える症状の飛蚊症(ひぶんしょう)とじんましんを発症してしまう。その原因は、“束縛”によるストレスで――。

 早稲田を卒業し、WAGEが解散した06年。合コンで知り合って以来、お世話になっていた先輩芸人の「東京ダイナマイト」松田大輔さんに「俺のウチの近くに引っ越してこいよ」と声をかけられ、東京・笹塚に住み始めました。7、8軒まわって見つけた古い物件。家賃は6万円で間取りは1K6畳でした。

 松田さんのお誘いはありがたかったのですが、過労とストレスで飛蚊症とじんましんを発症します。なぜ、仕事は一切なかった駆け出しの芸人がこの2つの症状を患ったかというと――。

 松田さんと自宅が近くになったことで、松田さん含め3人の先輩芸人が日替わりで僕のウチに入り浸りします。合鍵も作られ、いつ来るか分からない状態になりました。とにかくずっと一緒でした。

 かつ、松田さんに呼ばれたら絶対に行かなくてはなりません。ボウリング場で深夜、アルバイトをしていたけど、「飲んでるから来い」と“招集”がかかればアルバイトを抜け出さないといけなくて(苦笑)。

 店側には「腹が痛いです…」と断り、自宅に帰ると酒盛りしていてカラの焼酎1升瓶が転がっていました。アルバイトは週2回しかシフトを入れてなかったけど、そのうちの1回に限って“招集”されたりで。お笑いの仕事、お笑いにつながること以外は先輩の誘いを拒否できませんでした。

 断る理由を作りたくて琉球舞踊を週2回ほど始めます。松田さんたちには「仕事につながるかもしれないんですよ」と伝えて。実際は、琉球舞踊の日はお茶を飲んで帰っていたけど(苦笑)。

 しゃべっていてもムチャ振りがあり、無理やりでも返すよう鍛えられました。これはのちのバラエティー番組でも生きます。“仮にスベったとしても、ムチャ振りに返さないとスベることすらできない。まずは返すことだ!”と。

 2時間くらいしか寝られない日々が続きました。07年に「そんなの関係ねぇ!」で忙しくさせていただくようになりましたが、睡眠時間はその時よりも短かったですね。

 ついに体調も悪化。目がチカチカするようになり、都内の病院で受診すると、飛蚊症とじんましんと診断されました。

 当時、芸人としての稼ぎは月1万円いっていないくらいでした。ライブに出演してもギャラは500円とか。ホントに仕事はなかったですね。

 でも、家賃とケータイ代、光熱費を支払えるくらいのバイト代はありました。食事代は松田さんたち先輩に食べさせてもらっていたのでゼロです。駆け出しだったあのころに学んだことといえばやはり、“話を振られたらとにかく返す”――でした。

 翌07年、「そんなの関係ねぇ!」で人生が一変します。これもムチャ振りから生まれたギャグでした。次回はこの話です。

☆こじま・よしお(本名小島義雄)。1980年11月16日、沖縄生まれ、千葉育ち。2006年、早稲田大卒業。翌07年にギャグ「そんなの関係ねぇ!」でブレークし、同年の新語・流行語大賞でトップテン入りを果たす。16年7月に一般女性と結婚。今年8月25日、単独ライブ「小島よしお的おゆうぎ会 メリーゴーランド」(東京・CBGKシブゲキ!!)を開催する。血液型=O。178センチ、70キロ。家族は両親と兄。