小島よしお 早稲田に入学した広末に知らないふりをして接触

2018年08月08日 10時55分

早大生にしてWAGEのメンバーだったハタチの小島(本人提供)

【小島よしおの履歴書(連載8)】あのヒロスエを“ナンパ”! お笑い芸人・小島よしお(37)の早稲田大時代には、同い年の広末涼子(38)も当時、在学していた。コントグループ「WAGE」のメンバーでもあった小島は、国民的アイドルに大胆にも“接触”。果たしてその結果は――。

 早稲田の1年生だった2000年、広末さんとは授業が一緒でした。同い年だけど僕は浪人したので学年は1コ下。広末さんが1年の時はキャンパスも大騒ぎだったらしいですが、もはや国民的な人気者だったのでその年は学生たちも距離を置いていました。

 1度だけ“接触”したことがあります。確か国語国文学科の授業前、あの“広末涼子”とは知らないフリをして、隣の席に座りました。変装はされていませんでしたが、透き通るような雰囲気はまさにトップアイドルのそれ。話しかけてみました。

「名前、何て言うんですか?」

「広末です」

「出身はどこですか?」

「高知です」

 WAGEのチラシを手渡した覚えがあります。

「あっ、どうも~ありがとうございます」

 今、振り返ると痛いヤツですよね。おそらくWAGEのライブには来ていただけなかったと思っています(苦笑)。

 そのWAGEは僕が2年生になるとテレビに出始めます。同時に「大学は辞めて、お笑いに集中したほうがいいんじゃないか」と思うようになりました。勘違いってやつですよね。“プロでお笑いをやっている”とテングになっていました。

 退学の希望を伝えると親に反対されました。

 当時、彼女はいませんでしたが好きな人はいました。1歳上で女優のりょうさん似のクール系美女。その子にも退学の意思を伝えたけど反対されたので、「そうだよね」と受け入れました。今にして思えば、大学は辞めなくて良かったなあ。

 WAGEは単独ライブを年間で3回ほどやっていました。プロのお笑いコンビでもオール新ネタで年1回くらいが普通なので、これは多いほうです。06年に解散するまでの5年間で、単独ライブは10回以上開催。他のコンビの2倍以上の計算になります。

 逆にいうと、解散までの期間が早まりました。普通のコンビは単独ライブを10回ほどやって「俺たちはもう無理だな」と解散を決めるケースが多いですが、WAGEはそれを5年でやり切ってしまったので。

 200人の5回公演が埋まるくらいの集客力はありましたが、食っていけないレベル。事務所からも、5年たってこれほど単独ライブをこなしているのにテレビで人気が出ないのであれば「厳しい」と判断されます。

 WAGEの中でも岩崎う大さん(39=現かもめんたる)は「別のお笑いをやりたい」と言うようになり、槙尾ユウスケさん(37=同)は「演技をやりたい」、ネパール出身の野中淳(39=現マルチタレント)は「音楽をやりたい」と漏らすようになりました。WAGEを続けたかったのは、僕とネタ作り担当だった森ハヤシさん(40=現脚本家)だけ。多数決的にも解散です。単独ライブを何回もこなしたからこそ、グループの終わりへと気持ちが固まっていったんだと思います。

 次回は、ピン芸人になった話です。

☆こじま・よしお(本名小島義雄)。1980年11月16日、沖縄生まれ、千葉育ち。2006年、早稲田大卒業。翌07年にギャグ「そんなの関係ねぇ!」でブレークし、同年の新語・流行語大賞でトップテン入りを果たす。16年7月に一般女性と結婚。今年8月25日、単独ライブ「小島よしお的おゆうぎ会 メリーゴーランド」(東京・CBGKシブゲキ!!)を開催する。血液型=O。178センチ、70キロ。家族は両親と兄。