小島よしお 赤本をひたすら反復して早大合格!

2018年08月06日 10時55分

19歳くらいの時の小島よしお(本人提供)

【小島よしおの履歴書(連載6)】早稲田大出身のインテリ芸人でもある小島よしお(37)だが、その合格への道のりは全国偏差値50以下からの挑戦だった。夏を制する者は受験を制す――。夏真っ盛りのこの時期に受験生必読の“小島式早大必勝法”を伝授しよう!

 1999年。浪人では、早稲田を目指すことに決めました。といっても、現役時の全国偏差値は50なかったかな。高校のテストの成績も1学年約400人中、300番台後半。野球に明け暮れ、模試を受けた記憶すらありません。

 早稲田を志望した理由は、周囲を驚かせたかったから。両親からも友達からも「無理!」と言われましたが、逆に燃えました。

 4月の時点で、教科を英語と国語、政治経済に絞りました。受験する学部は教育学部と社会科学部、商学部、それに現役時に落ちたリベンジも兼ねて法政の法学部で計4つをチョイスします。

 まずは赤本をひたすら反復。「速読英単語」(Z会)で単語をめちゃくちゃ覚えたり、古文単語や漢字をやったりして暗記を中心に取り組みました。

 でも、受験の1年は長い。勉強の“筋力”はぶよぶよで、長時間は持ちません。性格的に追い込まれないと火がつかないのは分かっていました。夏までは居酒屋でアルバイトして、勉強時間は4~5時間くらいでした。

 当時、千葉の実家には金銭的な余裕がありませんでした。親父が急に語学学校を設立し、激怒した母親は家計を助けるべく沖縄料理屋を開きます。学費はなく、予備校に通学できませんでした。

 河合塾では単科講座1コマを受講すると自習室を自由に使えるシステムがありました。居酒屋のアルバイトを辞めた夏、経済的に厳しかったのでこのシステムを利用しようと思い、河合塾の千葉・松戸校で1週間に1コマだけ受講しました。その上で書店で買った参考書を自習室に持ち込み、独学を始めました。

 振り返るとこの方法が良かったかなと思います。野球部時代の仲良い友達は同じ予備校に行っていましたが、群れないようあえて違うところを選んで集中するようにしました。夏から1日16時間の猛勉強をします。

 独学なので解けない問題は割り切って捨てました。英語、国語、政治経済は暗記中心なので覚えてしまえばよく、数学みたいに分からなければ進めないということもありませんでした。

 お金がなかったので模試は受けられず、代わりにその年の終盤には赤本を何度も繰り返しました。当然、答えを知っていて80点くらいを連発。「ヨッシャ!」と謎の手応えを持ちました。逆に80点くらいではヤバいのに…(苦笑)。

 結果的に教育学部に受かります。周囲はかなりビックリしていました。

 合格の秘訣があるとしたら、スタート地点で狙いを定めたことかな。そうしないと勉強する範囲が広がり、本命の学部に必要のない勉強もしなければならなくなるので。限られた1年では無駄な時間を減らしたほうがいいと思います。

 カネが…と言うのなら国立大は?との意見もありますが、学力的にダメでした。理数系が苦手で。だから私立大、かつ金銭的な負担がないように独学を選びました。

 次回は、早稲田時代のコントグループ「WAGE」の話です。

☆こじま・よしお(本名小島義雄)。1980年11月16日、沖縄生まれ、千葉育ち。2006年、早稲田大卒業。翌07年にギャグ「そんなの関係ねぇ!」でブレークし、同年の新語・流行語大賞でトップテン入りを果たす。16年7月に一般女性と結婚。今年8月25日、単独ライブ「小島よしお的おゆうぎ会 メリーゴーランド」(東京・CBGKシブゲキ!!)を開催する。血液型=O。178センチ、70キロ。家族は両親と兄。