小島よしお 怪物・松坂の陰で痛恨“小島ボール”で夢散

2018年08月05日 10時55分

小島と松坂は同い年

【小島よしおの履歴書(連載5)】1998年夏、千葉・稲毛高野球部の小島義雄一塁手(3年=現芸人小島よしお)は、最後の県大会で散った。敗れた原因は、1年時から悩まされたイップスによる「小島ボール」の“再発”。“怪物右腕”松坂大輔投手(37=現中日)の神奈川・横浜高が春夏連覇を達成した裏にあった、千葉の一塁手のはかない物語を初公開する。

 3年の時は80回の記念大会で、千葉では東西に分かれて2校、夏の選手権に出場できました。

 稲毛がいる西の本命は市立船橋。春の大会で1―3で惜敗した因縁の相手に4回戦でぶつかります。僕は4番、一塁。

 1―1の同点で拮抗した3回の守りだったと記憶しています。無死一塁、強いゴロが一塁に飛んできました。

 絶対にゲッツーを取れる――。捕球して二塁ベースに入った遊撃手目がけて投げましたが、連載の前回で話した大暴投の「小島ボール」がここで炸裂! 悪送球になり、遊撃手はキャッチしてくれたけど、ベースに足が届きませんでした。痛恨のエラーで無死一、二塁とピンチが拡大。ここから投手が崩れて大量点を許し、2―10のコールド負けを喫しました。

 僕の失策がきっかけで、最後の夏はベスト16で終了。西で優勝したのはその市立船橋でした。

 試合後は何も言われなかったけど数日後、やっぱりイジられました。「ま~た『小島ボール』が出たな。あれがなきゃな」と(苦笑)。

 引退した後も練習はしていました。大学でも続け、プロを目指そうと思って。

 でも、その年の秋、ショックなことが起きます。コンビニでアルバイトをしていたクラスメートが自分より背筋が強いことが判明したんです。

 2年の時に筋トレに目覚め、178センチ、70キロの筋肉質な体格になっていたけど、クラスメートにあっさり完敗。彼はもともと、背筋が強かったらしいですが、「プロってこんなヤツが行くんだよな…」と悟り、諦めました。

 小1から高3まで12年間続けた野球では、いろんなことを学びました。上下関係はもちろんのこと、高校では練習着のポケットにメモ帳をしのばせ、指導されたポイントを書き込んで忘れないよう心がけました。

 努力することが素晴らしいと思っていたけど、結果を出すための努力をしなければいけないと学びました。ガムシャラに練習を積んでも「小島ボール」を克服できず、最後の最後に悪送球したわけですから(苦笑)。

 プロを断念した後、芸能界にも興味があったのでオーディションを受けました。母親にも伝えた上で「大学に行く気はない」と告げます。でも、「絶対に行ったほうがいい」と返されました。

 母親から諭され、3年の秋に大学受験を決意しますが、野球漬けの毎日だったので現役合格なんて難しいですよね。

 ドラマ「正義は勝つ」(95年・フジテレビ系)で弁護士を演じた織田裕二さんがカッコいいなと感じたので法政大法学部を受験しましたが、あえなく不合格でした。

 99年春。浪人生活に突入します。「せっかくなら早稲田を目指すか」

 次回は、浪人時代の勉強の必勝法の話です。

☆こじま・よしお(本名小島義雄)。1980年11月16日、沖縄生まれ、千葉育ち。2006年、早稲田大卒業。翌07年にギャグ「そんなの関係ねぇ!」でブレークし、同年の新語・流行語大賞でトップテン入りを果たす。16年7月に一般女性と結婚。今年8月25日、単独ライブ「小島よしお的おゆうぎ会 メリーゴーランド」(東京・CBGKシブゲキ!!)を開催する。血液型=O。178センチ、70キロ。家族は両親と兄。