歌丸さん 意地悪質問受けにじみ出た「笑点」のプライド

2018年07月03日 16時30分

「笑点」メンバーと記念撮影に納まる歌丸さん(中央)

 日本テレビ系の人気演芸番組「笑点」のレギュラー回答者、司会を半世紀も務め、軽妙な語り口で親しまれた落語家の桂歌丸(かつら・うたまる、本名椎名巌=しいな・いわお、享年81)さんが2日午前11時43分、慢性閉塞性肺疾患のため、横浜市内の病院で死去した。

 歌丸さんは2006年8月28日から9月1日まで、本紙で「桂歌丸の笑点今昔ばなし」を連載した。その年40周年を迎えた「笑点」について、裏話も交えて大いに語ってくれた。

 すでに様々なことが語られ尽くされていたため、本紙は意地悪ともいえる質問をぶつけた。たとえば「大喜利の問題は前もって教えてもらっているのか?」。歌丸さんは真っすぐ記者を見つめてこう答えた。「そういうことがあると思っている方はあると思ってくださって結構ですし、ないと思っている方はないと思ってください」。これ以上は答えない、という毅然とした姿勢だった。

 また「収録は和気あいあい、気楽にやられているのでしょうが…」と深く考えもせずに口にしたところ、歌丸さんは「冗談じゃありません!」と語気を強めた。「笑点っていうのはナメてかかるとえらいことになります。だから、今でも緊張しますよ。他のメンバーだってそう。緊張してるから、楽屋でみんなで陽気な話をして盛り上がってね、その勢いでガーッと舞台に上がるんです」

 にじみ出る笑点へのプライド。そんな番組への出演に関して「恩人」として名前を挙げたのが立川談志さん(享年75)だった。

 65年、日本テレビでスタートした「金曜夜席(よるせき)」。“笑点の前身”だった同番組には大喜利のコーナーがあり、そのオーディションのようなもので歌丸さんを選んだのが談志さんだった。

「あたしは高座上がってひと言も口をきかず、もりそばを食べたんです。客席は、どうしたんだろうってシーンとなってまして、それで食べ終わった後、ひと言『おそばつさまでした』と…」

 客席は大爆笑。談志さんは歌丸さんを選んだ。その流れで66年に始まった「笑点」にも抜擢。「今のあたしがあるのは談志さんのおかげです」と歌丸さんは話していた。

 取材をした06年の時点で体はボロボロ。新しい話に挑戦するのは「はっきり言って苦しい」と吐露しつつ「落語家としてのゴールは死ぬとき。今、あたしは苦しい。でも、目つむってまで苦しみたくない。目つむった後は楽したい。だから、今苦しむんです」と語っていた。