皆さんはニュージーランドの動物と聞けば、どのような光景を思い浮かべるだろうか。草原でのんびりと草をはむ羊の群れか。珍鳥であり国鳥でもある飛べない鳥・キーウィの姿か——。

 映画「ロード・オブ・ザ・リング」のロケ地にもなった風光明媚なニュージーランドであるが、実はこの島国は数百年前まで一部を除いて哺乳類が生息していなかった。近隣海域に生息するクジラ類や洞窟内に生息しているコウモリ類を除けば、陸生の哺乳類は存在していなかったのだ。

 空飛ぶ生き物は近隣から移動してこれるが、哺乳類、それも陸生のものは海を越えて移動してくることはできない。なので、約700〜1000年前にマオリ族がポリネシアからニュージーランドに移住し、犬とネズミを持ち込むまで、この島国は鳥類の天国だったのである。

 そのため、ニュージーランドでは普通であれば哺乳類が占めていた生態的地位を適応した鳥類が占めることとなり、キーウィやタカヘなど飛べない鳥による生態系が発達。現在は絶滅したとされているが、身長3メートルにまで成長したという巨鳥、ジャイアント・モアなどの個体もいた。現在でもニュージーランドでは様々な鳥類や固有種の生物を見ることができ、またニュージーランド政府も外来生物(特に哺乳類)の持ち込みに厳しい制限を敷いて独自の生態系の保存に力を入れている。

 前置きが長くなったが、今回紹介するのはそんな鳥類の天国・ニュージーランド唯一の陸生哺乳類怪獣「ワイトレケ」だ。

 ワイトレケの目撃証言はかなり古く、マオリ族に多く目撃され、1850年ごろからは学者たちの間でもささやかれてきた。

 ワイトレケは水陸両生であり、ニュージーランド南島の川や湖に生息しているとされている。標高1000メートルほどのところで足跡が発見され、生息域は南島のエレズミヤー湖近辺と推測されている。つややかな茶色い毛並みを持ち、鋭い泣き声をあげ、夜行性であるという。

 怪獣という言葉から凶暴な姿を想像するかもしれないが、実はワイトレケの大きさはさほどでもない。発見された足跡から類推すると、せいぜいカワウソと同じくらいか、さらに一回り小さいぐらいの大きさだと考えられている。外見もカワウソやビーバー、オットセイに似ていると言われている。

 このように、外見的特徴だけならば非常に“ありふれている”ワイトレケだが、今まで“土着の哺乳類は存在しない”と考えられていただけに、生物学的定説を覆す存在として注目されているのだ。

 一説には「入植者が持ち込んだ本物のカワウソ」や「海を渡ってきたカモノハシ」との説もあるようだが、近年でも半ば伝説上の存在だった未確認生物が発見され、結果新種の生物であったと認定されることがある。日本のイリオモテヤマネコはその最たる例であろう。

 もしかしたらワイトレケも、豊かなニュージーランドの自然の中で今も生息しているのかもしれない。そして、ワイトレケが新種として発見された時、我々は新たな生物学の一ページを見ることになるのかもしれない。