明治9(1876)年1月29日付「東京平仮名絵入新聞」の「妖怪新聞」コーナーに、海外で起きた事件として非常に迫力のある絵(イラスト上)とともに「海の怪物」の目撃情報が紹介された。

 記事によると、1875年7月8日、イギリスの帆船パウライン号が英海軍省の積み荷をアフリカにある植民地のザンジバルへ届けるために航行中、3匹のクジラが浮上してきた。だが、そのうちの一頭の様子がどうもおかしい。ジョージ・ドレヴァル船長をはじめとする船員たちが状況を見守っていると、そのクジラの体に巨大なウミヘビが長い体を二重、三重に巻きつけて締めつけているのが分かった。

 海上から確認できるだけでも、頭と尻尾の長さはそれぞれ9メートルはあり、背中は赤とび色で腹は白かったという。

 しばらく巨大なウミヘビとクジラは格闘していたが、やがてウミヘビが海中にクジラを引きずり込むと、大きな木が折れるような音が2度、3度響いてきた。近くにいた2頭のクジラも助けようとしたのか、追いかけるように潜っていったが、そのまま姿を消した。

 船長や船員たちは「あの音は大ウミヘビがクジラに巻き付いて、そのまま背骨をへし折ってしまった音ではないか」と想像し合ったそうだ。

 その5日後の13日にも、パウライン号は同じ怪物とみられる大ウミヘビに遭遇している。このときは海上に12メートルほど蛇体(じゃたい)が出ており、翌14日は18メートルはあろうかという鎌首をもたげた状態で接近してきたそうだ。

 両目を見開き、大きな口を開けていたため、船員らもクジラのように攻撃されるのかと斧などの武器を手に持って待ち構えていたが、幸い大ウミヘビはそのまま波の中に姿を消したという。

 その怪物とクジラの格闘の様子は迫力のイラスト付きで紹介されていたため、当時の人々の目を楽しませたであろうことは間違いない。

 当然、この事例は現地でも新聞記事となって報道されたが、その際に掲載された絵(イラスト下)は衝(笑?)撃である。波の中、クジラにグルグルと巻きついているウミヘビの姿が描かれている。ポカンと大口を開けている様子はなんとも間の抜けたものである。

 怪物に反して遠方の船(パウライン号と思われる)がやたらリアルに描かれているのだが、この絵はパウライン号の船員で甲板から目撃したE・L・ペニー氏が描いたものだそうだ。船に比べてゆるいタッチの怪物で実に味のあるものとなっている。プロと素人の違いはあれど、国が違うとここまで描写が違うのかという面白いものになっている。

 さて、クジラすら絞め殺す怪物の正体=シーサーペント(海洋で目撃、あるいは体験される、細長く巨大な体を持つUMAの総称)は何だったのだろうか。フランスで2016年に発行された海上史誌掲載の論文によると、怪物の正体はブイとそれぞれをつなぐ丈夫なロープだったのではないかということだ。

 ここでは19世紀から20世紀初頭に報告された多くの海の怪物の目撃は、実際にはクジラ、ウミガメ、その他の海洋生物等の誤認が大半を占める可能性があるという仮説も併記されている。

 しかし四六時中、海で過ごしている船員たちが全員、海の生物と漁具を見誤ることなどあり得るのだろうか。それを踏まえたうえでも実に興味深い事件であるといえるだろう。