以前、この連載でアラスカの先住民族であるイヌイットの伝説に登場する怪物「アミクック」について紹介した。ぬるぬるとした肌を持つ巨大な生き物で、足やヒレの代わりに人間の腕に酷似したものが4本生えており、海だけでなく陸上にも上がって生物を捕まえて食べるという。この怪物の特徴が近年極地の海で生息しているのではないかと噂されているUMA「ニンゲン」に似ている可能性について述べた。

 世界各地にはさまざまな妖怪の伝説が残っているが、「河童」のようにいまだに目撃証言が存在しているものや、もしかすると現在未確認生物として噂されている生物と同じものなのではないか、と考えられる特徴を持つものも少なくない。

 そんな未確認生物との関連性が考えられる日本の妖怪には「あやかし」が挙げられる。

 あやかしは西日本から九州の海に出没する、巨大な海の妖怪だ。鳥山石燕の「今昔百鬼拾遺」には、波間からいくつも出てくる長い蛇のような体が船のへさきにまとわりついている様子が描かれている。とりたてて悪さをするわけではないのだが、とてつもなく体が長い。時折、船をまたぐようにして入ってくるのだが、全身が通り過ぎるまでに何日もかかるうえに体からは終始大量の油を出しているため、常に油をくみ出さないと、あやかしによる油の重みで船が沈んでしまうとされていた。なお、地域によっては「イクチ」とも呼ばれている。

 このあやかしは「全身があまりに長くてしっかりした姿を見た者がいないためにこの名前で呼ばれている」という説と「海で起こるさまざまな怪異の総称である」という説がある。

 確かに、他にも海に出る妖怪であやかしと呼ばれているものは多い。女の化け物が引き込もうとするものや、沖合に発生する怪火(かいか=原因不明の火)も同じくあやかしと呼ばれているため、後者の意味合いが強いのかもしれないが、ここでは〝巨大な海の妖怪〟としての側面にのみ焦点を当てる。

 さて、この巨大なあやかしだが、妖怪の割には思いのほか生態が伝わっている妖怪でもある。全身から油を滴らせているなどの特徴や、伝承の中には「多くの子供の個体も引き連れていた」というものも存在している。そこから考えると、あやかしもまたアミクックと同様に、巨大な海の未確認生物を可能な限り表現して、存在を伝えていたものだったのではないかと推測できるのだ。

 海にすむ巨大な未確認生物は複数存在しているが、「シーサーペント」が一番メジャーだろう。この未確認生物はそのものズバリ、巨大なヘビのような姿をしており、時に船を襲ったり、クジラなどと激しく戦っている様子が目撃されたりもした。

 そこで現在では「ダイオウイカ等の誤認」や「絶滅してしまったが実際に伝承に登場するような巨大な生物がいたのではないか」「発見されていないだけで実際にシーサーペントは存在するのではないか」などと言われている。

 日本の妖怪、あやかしの特徴もまた、シーサーペントと重なる部分は少なくない。もしかしたら昔の日本の外洋にはシーサーペントが多く生息していて、その目撃例を語り伝えたものが、あやかしだったのかもしれない。