「エントツガイ」…そう聞いてほとんどの人は煙突のような細長い形の殻を持った貝、潮干狩りで砂に開いた穴に塩を入れたら出てくるアレかな?などと考えることだろう(ちなみにそれはマテ貝)。

 このエントツガイはフィリピンのマングローブ帯に多く生息し、地元の人たちには食用として身近な存在であるのに対して、フィリピン以外の国の海洋生物学者にとっては未知の生物のような存在だった。というのもあまりに特徴的な貝殻は見つかるものの、中身が入っている状態では捕獲できていなかったのだ。

 白いツノのような形状をしているからだろうか、エントツガイを「我々にとってユニコーンのような存在だ」と例える海洋生物学者もいた。しかし、その生態は未知の生物どころではない意外なものだったのだ。

 エントツガイはオオノガイ目の一種でフナクイムシの仲間と言われている。また、二枚貝の中では最長で、長さは1〜1・5メートル、野球のバットのような形をしている。

 フナクイムシは、その名の通り船の船体を食い荒らしてすむ。ヌメッとした細長い体でいわゆる蠕虫(ぜんちゅう)と言われる形状をしている。長くても30センチ、最長の個体の記録は50センチほどの生物だ。

 二枚貝の貝殻は体の先端についていて、これは身を守るものではなく木を削って掘り進むためにある。直径1センチ、長さ1メートル程度の穴を掘り、穴を石灰質でコーティングして巣にするのだ。これだけで妖怪のような生物である。

 さらに体内に共生するバクテリアが木のセルロースを分解して消化することができる。漫画「寄生獣」の寄生獣にも見える奇妙な形のフナクイムシ、その生態に昔の人も相当驚いただろう。

 エントツガイはこれがさらに1メートル超えの長さで、乳白色のフナクイムシに対して、青紫がかった黒なので不気味である。殻から出される様子はニュルンとかジュポンとした感触が伝わる。

 この生物の姿が生物学者たちに伝わり、生態が見えてきたのは今年の4月のことである。エントツガイはフナクイムシと違って泥の中にすみ、殻の一部を泥から出している。

 しかし、エントツガイは見た目以上にまた奇妙な点があった。まず体内に消化器官はあったものの萎縮して機能していない。さらに口にあたる部分は殻に覆われているので捕食自体ができないのだ。

 いったい、どのように生きているのだろうか。そのヒントはフナクイムシと同じく、体内に共生しているバクテリアにある。

 エントツガイは前述のように泥の中に生息しているが、その泥の中では有毒ガスの硫化水素が発生している。「硫黄くさい」などと言われる、卵が腐ったようなあのニオイのもとだ。死亡事故が起きたり、自殺にも利用され、毒性があることは広く知られているだろう。

 エントツガイに共生しているバクテリアが、その硫化水素を食べ、バクテリアが残した有機炭素を栄養にしてエントツガイは生きているのだ。動物でありながら無機物を栄養に変換し、まるで光合成のような行いで、食事をしない動物なのだ。

 エントツガイには不明なことが多い。世界にはまだまだ未知の生物、奇妙な生態、不気味な存在がたくさん残っている。