【萩原宏久さんの巻】

 長嶋巨人で欠かせない存在だったのが、チーフトレーナーの萩原宏久さん。通称「ハギさん」だ。

 お世話になった選手は数知れず、記事でも「球団関係者」として時々登場してくれたりと、自分も何かとお世話になったのだが…。ハギさんほど口の堅い人も珍しかった。

「トレーナー」とは選手のコンディションをすべて知っているだけでなく、トレーナー室ではグチやボヤキなど、選手のホンネを聞くこともできる立場。いずれも軍の機密事項にあたる情報ばかりとあって、当然、口の軽い人物では務まらない仕事だ。

「オレに取材するなよ」。最初は何度もそう言われたが…。「取材」でないならばと、いろいろ話をしてくれるようになった。日大三高の監督として1971年のセンバツで全国制覇、その後にトレーナーに転身したハギさんとの野球談議の日々は、駆け出し記者だった自分にとって貴重な勉強の場となった。

 そのうち「斎藤雅樹はすごいぞ。あの弾力のある筋肉は絶品」なんて話をちょっぴり教えてくれたり「トレーナーはただの“あんま屋”だと思われている。それではダメなんだ」と、トレーナーの地位向上について熱く語ってくれたりもした。

 球団外部のトレーナーと個人契約する選手が増えてきたりすると「あんな詐欺師みたいなやつに大事な選手を任せられるか!」などと怒りを爆発させていたっけ。だけど、選手のケガの状況などに話が及びそうになると、突然「黙秘権」が発動される。それらすべてがハギさんの仕事に対するプライドと“巨人愛”。2005年に退職したあと、巨人と距離を置いたのも「今やってる球団のトレーナーに嫌な思いをさせたくないから」。だから誰からも信頼される人だった。

 そんなハギさんの、最高の笑顔を見たのが2年前の3月、ハギさんのお葬式に参列したときのこと。お孫さんと一緒に写っていた、やさしそうな“おじいちゃん”の笑顔が、とても印象に残っている。

(運動部デスク・溝口拓也)