年月がたつのは本当に早い。そう感じたのは先日、巨人の試合を取材に行った時のことだった。試合前のグラウンドで、久しぶりに久保と対面。ここ最近、デスクワークが大幅に減って再び取材現場へ出向くケースが多くなったことで、かつてのG担時代から顔見知りだった右腕と慌ただしい練習時間の合間を縫って少しばかり話をする機会に恵まれた。

 久保は大卒でルーキーイヤーが2003年だから今季12年目。「もうベテランだね」と言うと久保は「まだまだ気持ちは20代ですよ」と苦笑いしていたが、その風貌と立ち居振る舞いからは相応の風格が感じ取れた。どこかあどけなく初々しさがあった若武者時代の姿はもうない。さすがにここへ至るまでプレッシャーにさいなまれながらもジャイアンツの一員としてさまざまな経験を積み、いくつかの修羅場も乗り越えてきたからなのであろう。私は久保と彼の入団当初のころを回想しながら「(時がたつのは)早いなあ」と顔を見合わせていた。

 一方で最近、別の人とも取材現場で“再会”を果たし、同じようなことを感じた。その相手は元セ・リーグ球団のプロ野球選手で現在評論家の「A」さんだ。横浜スタジアムのバックネット裏通路でばったり出会うと、こちらが恐縮してしまうぐらいに平身低頭で「お元気そうですね!」と声をかけられた。

 なぜイニシャルにしたのかと言えば、その昔に現役時代のAさんから数々の“仕打ち”を受けていたからである。今から10年以上前、私が書いた記事の内容が気に入らなかったAさんは「オマエ、ぶん殴ってやろうか!」と恫喝。もちろん書いた内容は裏付けもきちんと取れていて文句を付けられる筋合いなど何もなかった。

 記事に自信を持っていた私の姿勢がよほど気に入らなかったのだろう。Aさんはその後も執拗に私の姿を見つけると体当たりを仕掛けてきたり、あるいはすれ違いざまに足を「グギュ〜ッ」と踏みつけてきたり…。今のご時世ならば大問題に発展しても不思議はないような嫌がらせに文句を言わず耐え忍んだのは「こんな人に負けてられるか」という、ちっぽけなプライドがあったからこそ。それに現役当時のAさんはベンチ裏で若手をイジメたり、記者に悪態をついたりする行為を繰り返していたので「まあ、自分だけじゃなくて他にも被害者はいっぱいいるしな」というような妙な納得感にも多少救われていた。

 あれから十数年——。Aさんは昔の顛末を水に流したのか、まるで別人のように温厚な人になっていた。声をかけられた直後に私は「おかげさまで…」と言いかけたが、その後の「いろいろ精神的に鍛えられました」という言葉はさすがにグッとのみ込んだ。イニシャルトークだから失礼を承知で言わせてもらうが「猪も七代目には豕(いのこ)になる」とは、きっとこういうことなのだろう。

(運動部デスク・三島俊夫)