アギーレ監督就任で思い出した“あの監督”の強化方針

2014年08月18日 12時00分

 ハビエル・アギーレ新監督が就任したサッカー日本代表。ブラジルW杯の惨敗があったからか、世間の関心は以前の代表新監督発表時よりも薄れている気がしたが、それでもやはり「新」とつくものにはワクワク感がある。どんなチームを作って、どこまで強くしてくれるのか。協会幹部がブラジルW杯の検証もせず、誰も責任を取っていないことに引っ掛かりはあるものの、アギーレ監督に期待せずにはいられない。

 メキシコ人とはいえ、スペインでの指導歴が長いということを聞いて、ある監督のことを思い出した。2000年1月、横浜Mからスペインに移籍した城彰二を追っていったとき、移籍先のバリャドリードにはグレゴリオ・マンサーノ監督がいた。最近はアトレチコ・マドリードやマラガ、セビリアなどスペインの強豪を指揮し、2010年南アフリカW杯後には日本代表の監督候補にも名前が挙がった指導者だ。

 当時のマンサーノ監督は2部で実績を積んで、バリャドリードが初の1部監督ということで本人の意気込みも大きかった。そんななかで、シーズン途中に無名の日本人選手が加入。私を含めた日本人報道陣は城の一日も早い活躍を期待したが、監督は厳しかった。

「日本代表で何点取ってきたか知らないが、言葉もできないし、他の選手との連係もできていない。とてもじゃないが、試合で使える状態じゃない」と加入した直後はベンチにも入れず、起用しても途中出場というサブ扱いだった。

 ところが、この扱いに城が奮起。練習では抜群のポストプレーを見せ、周囲からパスも来るようになった。チームメートとのコミュニケーションもよくなったところで、マンサーノ監督は城を先発で起用し始めた。知名度や実績ではなく、練習でアピールした選手を使う——そうしたセオリーを忠実に守った手堅い監督だった。

 城はその後レギュラーに定着。得点こそ2点だけだったが、マンサーノ監督は城に大きな信頼を置いた。当時のバリャドリードの番記者たちに聞いたことで、今でもよく覚えているのは「やる気があって、勝ちたいという気持ちが強く、最後まで走る選手がスペインでは好まれる。マンサーノは特別なことをしているわけではない」という言葉。技術がある選手が多い国だからこそ、最後は「ハート」の部分を重視するという。

 アギーレ監督が就任会見で口にした強化方針はマンサーノ監督のものに近かった。どんなクラブでプレーしているかは関係ない。やる気に満ちて、最も動ける選手が起用される——そんな当たり前の競争が今度の日本代表には展開されることを願っている。

(運動部デスク・瀬谷 宏)