ハダカの長嶋巨人(7)

2014年05月12日 12時00分

【宮田征典コーチの巻】

 長嶋巨人にあって、長く投手コーチを務めたのが「8時半の男」として知られる宮田征典さん。現役時代はリリーフ投手の草分け的な存在で、コーチとなってからは巨人、日本ハム、西武、中日など複数球団を渡り歩き、工藤公康や川上憲伸、桑田真澄ら数々の投手を育てた「名伯楽」。そんな宮田さんには自分もたいへんお世話になった。たくさん迷惑もかけたけど…。宮田さんを取材した当時の日々は、今でもいい思い出だ。

 むちゃくちゃ怒られたのは「宮田コーチが投手陣批判」という一面記事を書いた時。東京ドームの一塁側カメラマン席の前で「おい溝口、なんて記事を書いてるんだ!」とお説教を食らった。「実は宮田さんがあの店で食事をしていた日、ふすまを隔てた隣の部屋で投手陣が食事をしていたんです。それで宮田さんの話が聞こえちゃって…」と事情を説明すると「そ、そうか…」。翌日からは昨日のことなどなかったかのように、いつもの宮田さんに戻っていた。あの“優しさ”にはずいぶん甘えさせてもらった。

 そんな宮田さんが亡くなったのは、2006年の7月。まだ66歳の“若さ”だった。なぜって「オレは100歳まで現役だ。くたばるまでコーチをやり続けるよ」というのが口ぐせだったから。訃報を聞いた時は「早すぎるよ…」というのが正直な気持ちだった。

 晩年、世田谷の家を引き払い、赤城山に隠居を決めた時も「ここにトレーニング施設を作ってな。若い連中やオレの教え子たちをみんな呼んでまたコーチしてやるんだ」と目を細めて夢を語っていた。亡くなる直前まで、病室にお見舞いに来てくれた人にピッチングフォームの解説をしていたという。

 健康にはことさら気を配っていて、怪しげなものでもどんどん取り入れようとした。飲尿健康法について熱弁をふるった時のことを記事で紹介したときは、あまりに反響が大きすぎて恥ずかしくなったのか「オレは尿なんか飲んでねえ!」と、理不尽に怒られたこともあったっけ。そういえば「体にいいから使ってみろ」と、カナダ産のダチョウの子のエキスが入ったローションをくれたこともあった。あのヘビ臭いニオイ…。思い出すだけで、宮田さんを思い出し、泣きそうになってしまう。

(運動部デスク・溝口拓也)